研究課題
多発性骨髄腫(multiple myeloma: MM)は既存の治療戦略による完治が困難な難治性造血器腫瘍である。研究代表者らは、先行研究においてMMでは染色体異常や分子異常の状態が多様で不均一であるにも関わらず、RAS/RAF/MEK/ERKシグナル経路の最後尾においてシグナル媒介分子として機能するセリン・スレオニンキナーゼ RSK2のN末端キナーゼドメイン(N-terminal kinase domain: NTKD)が恒常的に活性化しており、病態形成・治療抵抗性獲得を司っていること、分子腫瘍学的異常のパターンに関わらず普遍的な治療標的分子に成り得る可能性を見出した。本研究では「MMに対するRSK2を標的とした創薬開発」の妥当性の検証、具体的なシーズの探索、更なる治療強化戦略開発のための基礎的知見の獲得を目指すこととした。具体的には、① MMにおけるRSK2被制御分子のメルクマーレとしての候補化・特定、② 細胞ベースアッセイを用いたヒット化合物のスクリーニング、③ 候補化されたヒット化合物の中から、各種の異なる分子異常を有するMMにおいて横断的な抗腫瘍効果を有し、かつ、既存治療薬に対する抵抗性細胞に対しても有効な化合物をin vitro、ならびに前臨床モデルによって特定することによるMMに対するRSK2標的化リード化合物の選定、の大きく3段階のプロセスを本研究の行程として計画している。このうち、2020年度は①遺伝子発現ノックダウン、小分子化合物によるRSK2阻害によって複数のMM細胞株に普遍的に誘導される遺伝子発現変化を網羅的に解析した結果からRSK2阻害による抗腫瘍効果の際のメルクマールとなるRSK2被制御分子の候補化と、そのMM細胞における機能的意義の解明、②リード化合物のスクリーニング、③RSK2標的治療強化戦略の開発研究を行った。
2: おおむね順調に進展している
染色体異常、遺伝子異常パターンの異なる4種類のMM由来細胞株を選定し、複数のRSK2発現抑制レンチウイルスベクターを作成し、いずれの細胞株においてもRSK2発現が転写、蛋白レベルで10~20%程度まで低減した状態においてRNA-seqで網羅的な遺伝子発現変化を検討したところ、MM細胞の細胞生存、細胞増殖に重要な役割を担うことが既報で知られている2種の遺伝子の発現抑制、ならびに近年、がん抑制遺伝子としていくつかの他の悪性腫瘍で新たに注目されている1種の遺伝子(研究遂行上の秘密保持の観点から遺伝子Xとする)の発現誘導を確認した。RSK2N末端キナーゼ活性に特異的な小分子阻害剤を用い、同様にこれらの分子の発現変化が複数の異なる計8種のMM由来細胞株で誘導されることを確認した。遺伝子XのMMにおける機能の検討のため、遺伝子Xのレンチウイルス発現ベクターを複数種作成し、その細胞増殖や細胞生存など細胞機能に与える検討したところ、MM細胞株においても癌抑制遺伝子として機能することが示された。一方、RSK2阻害によるMM細胞のアポトーシス誘導に際して、BH3-only proteinであるBimの誘導にくわえ、Bidの活性化を認めることが明らかになった。現在、これらの複数の分子をメルクマールに至適リード化合物の選別を継続中である。同時にこうしたRSK2抑制に伴うシグナル変化の検討の過程において、同時制御によってRSK2阻害による抗腫瘍効果をさらに増強する標的分子Yを同定することが出来たため、現在、その併用効果を検討中であり、RSK2単独標的治療戦略よりも、より効果的な抗腫瘍効果が期待できる二重、三重標的化治療開発の可能性を新たに探索する経過に至っている。
本研究は① MMにおけるRSK2被制御分子のメルクマールとしての候補化・特定、② 細胞ベースアッセイを用いた化合物のスクリーニング、③ 候補化されたヒット化合物の中からのRSK2標的化リード化合物の選定、の3段階のプロセスで推進する予定に従い研究を進めてきた。その過程において更にRSK2阻害効果を増強する戦略の開発に繋がることが期待される新規標的分子Yの同定に至った。そこで、現在は元来の研究計画に従って標的癌抑制遺伝子X、Bim, Bid活性化など計5つの分子をメルクマールにRSK2単独阻害を可能とするヒット化合物候補の探索を継続しつつ、一方で付加的な新規標的分子Yの同時治療戦略を可能とする化合物のスクリーニングへと探索標的対象分子を拡大して研究を継続中である。今後もさらに目的化合物の探索を継続するとともに、患者由来細胞での効果の検討、前臨床モデルでの効果の検討へと研究を進展していきたい。同時に我々独自での化合物の探索に限定せず、こうした研究結果を基盤にし、産学連携業同研究の可能性も模索している。すでに数社の製薬企業との交渉を開始しているところであり、創薬開発の加速を期待している。また、この研究過程において、当初の標的疾患であったMMだけでなく、多くの難治性細胞性腫瘍においても本研究における標的分子が治療標的と成り得ることが明らかになってきており、さらに標的疾患の拡大についても研究を進めていく予定である。
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すべて 雑誌論文 (5件) (うち国際共著 1件、 査読あり 5件、 オープンアクセス 5件) 学会発表 (5件) (うち招待講演 1件) 備考 (1件)
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