本研究では糖尿病におけるグルカゴン分泌異常の発症機序としてSirt1に着目し、「エネルギーセンサー分子であるSirt1の高血糖曝露下での発現・活性の低下がα細胞におけるグルカゴン分泌異常を引き起こす」という仮説を立てた。 そこでα細胞特異的Sirt1欠損マウス(KOマウス)を作成し、表現型解析を行った。解析には①LC-MS/MSによる高特異性グルカゴン濃度測定法、②グルコースクランプ法、③セルソーターを用いた単離α細胞の回収という3つの手法を用いることとした。 KOマウスではα細胞量の有意な増加を認め、全膵臓中のグルカゴン含量も有意に増加していた。しかしながら空腹時、自由摂食時の血糖値および血中グルカゴン濃度は正常であった。糖負荷試験の結果もコントロールマウスと差が認められなかった。一方でインスリン負荷試験の結果、低血糖からの回復が遅延し、血中グルカゴン濃度はむしろ有意に減少し、α細胞量の増加と矛盾した結果を示した。そこでグルコースクランプ法を用いて低血糖を長期持続させたところ、低血糖誘導早期においてはSirt1欠損マウスで血中グルカゴン濃度が低下し内因性糖産生の抑制が見られ、後期においては血中グルカゴン濃度が上昇し内因性糖産生の促進が見られるという、早期と後期での逆転が見られた。 またα細胞培養株へのSirt1阻害薬の添加実験では、グルカゴン分泌の低下とUCP2発現の増加が見られた。 以上のことから、Sirt1はα細胞において細胞の分化・増殖を抑制する一方、UCP2の発現抑制を介して低血糖時のグルカゴン分泌を制御している可能性が示唆された。またKOマウスはα細胞量の増加と低血糖時のグルカゴン分泌の障害という糖尿病で見られるグルカゴン分泌異常と合致した表現型を示した。糖毒性下でのSirt1の発現低下がグルカゴン分泌異常の原因の一つである可能性が考えられる。
|