本研究では、糖尿病患者で冠動脈バイパスグラフトの攣縮が生じやすくなる原因を解明するために、高血糖とインスリンによる影響を検討した。冠動脈バイパス手術のために摘出されたグラフト血管(内胸動脈)のうち手術に使用されなかった余剰部位を、書面による患者の同意を得られたもののみを血管サンプルとして実験を行った(本学ならびに血管サンプル提供元病院倫理委員会承認済み)。血管内皮細胞を除去した内胸動脈から2mm幅のリング状切片を作成し、オルガンバスに懸垂した。切片を10^-9Mから10^-6Mのインスリンで前処理した後にセロトニンを10^-9Mから10^-5Mまで累積投与して収縮を惹起したところ、インスリン処理による収縮反応性への影響はみられなかった。しかしながら、コロナ禍による影響で提携元の病院からのサンプル提供数が激減したこともあって、未だ十分な例数の検討は行えていない。 次に、培養ヒト冠動脈平滑筋細胞を、10^9-Mから10^-6Mのインスリンまたは0から400 mg/mLのグルコースを含む培養液中で0.5から48時間培養した。処理後の細胞から膜画分および可溶性画分を調製し、ウエスタンブロット法でセロトニン5-HT2A受容体およびアンジオテンシンAT1受容体の発現量を定量したところ、両受容体共に、インスリンまたはグルコース濃度による発現量への影響は認められなかった。すなわち、糖尿病患者でみられる冠動脈バイパスグラフトの攣縮の易発性は、血液中のインスリンレベルや血糖値が平滑筋に直接影響を与えて引き起こされている可能性は低いと考えられる。今後は血管内皮細胞との共培養系を用いて、インスリン値や血糖値以外の糖尿病による影響を検討していくとともに、血管内皮細胞と血管平滑筋の共培養系を用いて、細胞間クロストークなどを検討していく予定である。
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