研究課題/領域番号 |
19K09284
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
土井 健史 神戸大学, 医学部附属病院, 助教 (70814490)
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研究分担者 |
眞庭 謙昌 神戸大学, 医学研究科, 教授 (50362778)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | BEX1 / LY6K / 浸潤能 / DL-CGH |
研究実績の概要 |
肺腺癌細胞株・悪性胸膜中皮腫(malignant pleural mesothelioma;MPM)細胞株を複数種類用い、癌の浸潤能を評価する手法である3次元in vitroモデルの2層化コラーゲンゲル半球(double-layered collagen gel hemisphere;DL-CGH)法に応用することで細胞株を浸潤能の有無で分類し、浸潤能の高い細胞株において発現が亢進している遺伝子を絞り込むことができた。肺腺癌・MPM細胞株の浸潤能の高い細胞でそれぞれ発現が亢進しているものを検索したところ、「LY6K」が候補として1つ挙げられた。 今回、浸潤能の高い細胞株において、浸潤能が低い細胞株よりも100倍以上遺伝子発現が亢進しているものをさらに絞り込んで検索したところ、さらなる候補遺伝子として「BEX1」が挙げられた。定量化による評価においても、浸潤能の高い細胞株であるA110L(肺腺癌)・MSTO-211H(MPM)において、浸潤能の低い細胞株であるA549(肺腺癌)・NCI-H28(MPM)よりもBEX1の発現量が亢進していることが示された。さらに、A110LとMSTO-211Hにおいて、それぞれBEX1の発現を一時的に抑制してみたところ、A110L・MSTO-211Hともに浸潤能が著明に低下している様子が観察できた。さらに、A110L・MSTO-211Hとも浸潤を呈する際は細胞の形態が外に向けて樹状の突起を伸ばしていく様子が観察できたはずが、BEX1の発現抑制に伴い樹状突起の形成がほとんど見られなくなった。この結果は我々の先行研究で浸潤能に関わる遺伝子の候補として挙げられたLY6Kと同様の結果であった。 これらの結果から、BEX1は樹状突起を形成して浸潤能を示す点に強く関与する遺伝子である可能性が高いことが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
DL-CGH法を用いた浸潤能の評価により、A110L(肺腺癌)・MSTO-211H(MPM)でそれぞれ外殻への浸潤能が高く、A549(肺腺癌)・NCI-H28(MPM)でそれぞれ外殻浸潤が見られないことを示した。これらの細胞株についてcDNAマイクロアレイ法により遺伝子発現を評価し、A110LとA549、MSTO-211HとNCI-H28でそれぞれ比較し、MA-plotによる分布で浸潤能の高い細胞株(A110L, MSTO-211H)で発現が亢進している遺伝子を肺腺癌・MPMそれぞれの癌腫にで拾い上げた。 A110LとA549の比較、MSTO-211HとNCI-H28の比較において、いずれにおいても共通して100倍以上発現が亢進しているものが候補遺伝子の可能性が高いと判断し選別した。先行研究にてLY6Kが浸潤に関与する遺伝子である可能性を示したが、今回他の遺伝子についても同様に検索したところ、DLC1・ICAM1などの遺伝子も候補として挙がった。しかし選別した遺伝子の中でA549よりもA110Lで、NCI-H28よりもMSTO-211Hでそれぞれ数千倍ほど発現が亢進した遺伝子として「BEX1」が挙げられた。 蛋白質レベルでのBEX1発現の違いはウエスタンブロッティング法で確認し、A110L・MSTO-211HでそれぞれBEX1タンパク質の発現がA549・NCI-H28よりもそれぞれ亢進していることが確認できた。さらにsiRNAを用いてA110L・MSTO-211HにおけるBEX1発現をノックダウンしてDL-CGH法による浸潤能の評価を行ったところ、樹状突起を形成しながら外殻浸潤を起こす様子が観察できず、癌細胞の浸潤能が低下したことが示された。 ここまでの研究結果について、2019年5月16日に開催された第35回日本呼吸器外科学会において発表した(要望演題、大阪)。
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今後の研究の推進方策 |
今回行ったDL-CGH法による浸潤能の評価にて、A110L・MSTO-211Hともに樹状突起が形成できなくなることで浸潤能が著明に低下している様子が観察できた。それに加え、A110L・MSTO-211HともにBEX1のノックダウンを行ったものについては、DL-CGHの観察結果で内殻部分に封入した細胞株の密度が著明に低下しており、生存細胞も減っている様子が観察された。この結果から、BEX1は癌細胞の浸潤能だけでなく細胞増殖や細胞死にも関与している可能性が示唆された。BEXファミリーのタンパク質は軸索の再生など主に神経発生に関与することが知られており、癌との関連については乳癌やグリオーマにおける報告はあるが肺癌・MPMとの関連はこれまでに報告がない。今後の研究にて、BEX1の肺癌・MPMにおける浸潤や細胞増殖を含めた機能解明を進めていく。同時に、今回のcDNAマイクロアレイによる候補遺伝子の選別にて挙げられたDLC1・ICAM1など他の遺伝子についても、癌細胞の浸潤能・増殖能などに関与するのかどうかも並行して検索を進めていく。 今回得られたBEX1に関する結果は肺腺癌細胞株・MPM細胞株を用いた研究であり、いずれもin vitroの研究結果となる。今後は肺腺癌やMPMの臨床検体を用いた研究によりBEX1の発現の程度と予後との関連についても検討していく。合わせて、以前に浸潤能との関連が示されたLY6Kやほかの候補遺伝子であるDLC1・ICAM1などについても臨床検体を用いた評価を行っていく。 また肺癌やMPMといった胸部外科領域以外の悪性腫瘍について、周囲組織への直接浸潤能が高い腫瘍・遠隔転移を来しやすい腫瘍などを中心に細胞株を用いた研究・臨床研究を用いた研究を行っていくことで、BEX1の癌における機能解明とともに分子標的薬としての可能性を探っていく。
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次年度使用額が生じた理由 |
前年度における細胞実験において、cDNAマイクロアレイが必要最小限の数を行うことで候補遺伝子の絞り込みが行えた。そのため、浸潤能を検索するために用いる細胞株・その細胞株を用いて行うDL-CGH法による浸潤能の評価・選別した細胞株を用いたDNAマイクロアレイによる遺伝子発現の確認、に使用を予定していた費用を使用しない結果となった。 今回の研究結果により、癌細胞の浸潤にBEX1が深く関与する可能性が示されたが、さらに細胞増殖にも関わっていることが示唆されたため、今後の研究においてBEX1の浸潤におけるメカニズムの解明だけでなく、当初の予定に加えて細胞増殖への関与の機序についても可能な限り同時に検索を進めていく。合わせて、臨床検体を用いて肺癌の浸潤に関わる指標(胸膜浸潤, 脈管浸潤など)や生命予後との関連についても検討を進めることで、分子標的薬としての可能性についても探っていく。 また、候補遺伝子として先行研究で示されたLY6Kや、今回の我々の研究で発見されたBEX1に加えて、他に選別された遺伝子であるDLC1・ICAM1などについても癌細胞の浸潤・増殖との関連性を調べていく。この追加研究については、in vitroの細胞実験だけでなく臨床検体を用いた研究も並行して行っていく。
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