研究課題/領域番号 |
19K09378
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研究機関 | 福島県立医科大学 |
研究代表者 |
黒澤 伸 福島県立医科大学, 医学部, 教授 (60272043)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 麻酔科学 / 免疫学 / アポトーシス |
研究実績の概要 |
手術療法ではそれに先行してがん化学療法が施行されていることが多く、乳がん患者などではがん化学療法終了後、10日ほどで手術を施行されることもまれではない。がん患者が術前に受ける化学療法では抗がん剤が使用されるが、この抗がん剤は悪性腫瘍に細胞死をもたらすと同時に正常な免疫系細胞、骨髄幹細胞にも抑制的影響をあたえる。さらに全身麻酔薬そのものも患者の免疫能を低下させることが知られており(Curr Opin Anaesthesiol. 2006;19:423-428)、加えて、申請者は揮発性吸入麻酔薬が直接的にリンパ球にアポトーシスを誘導することを発見し、報告している(文科省科研費課題番号25462395)。術後の悪性疾患患者の予後決定因子は悪性腫瘍の再発と転移であるが、これらの予後決定因子に最も重要なのは患者の免疫システムの恒常性維持であり、全身麻酔法が、抗がん剤影響下にある免疫システムをさらに抑制するか否かは術後予後を左右する。そこで、まず全身麻酔薬が免疫能にあたえる効果を解析した。『結果』(1)Balb/cマウス(6-8週齢)の胸腺細胞を全身麻酔薬プロポフォール・0μM、25μM、50μMで4時間または8時間培養し、フローサイトメトリーによりAnnexin/7AAD陽性死細胞の割合を確認したところ用量依存性かつ時間依存性に死細胞が増加したが、その程度は小さかった。(2)(1)の実験系で胸腺細胞のミトコンドリア膜電位の変化を確認したが、プロポフォールによってミトコンドリア膜電位の低下はみられなかった。(3)Balb/cマウス(6-8週齢)の脾臓細胞を全身麻酔薬プロポフォール・0μM、25μM、50μMで4時間または8時間培養し、フローサイトメトリーによりAnnexin/7AAD陽性死細胞の割合を確認したところ、死細胞が増加およびミトコンドリア膜電位の低下ともに確認されなかった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
全身麻酔薬が抗がん剤影響下における免疫能にあたえる効果を解析するにあたり、まず臨床上、汎用されている全身麻酔薬プロポフォールのマウス免疫細胞にあたえる影響を、その死細胞(アポトーシス)誘導およびミトコンドリア膜電位変化に着眼して観察した。プロポフォールのin vitroにおける至適濃度はK. Hirotaらの論文(PLOS ONE / https://doi.org/10.1371/journal.pone.0192796)を参照し、プロポフォール25μMを臨床使用相当濃度(clinical relevant concentration)とし、プロポフォール50μMを臨床使用超濃度(supraclinical concentration)として採用し、それぞれの濃度で胸腺細胞および脾臓細胞を4時間または8時間培養ところ、胸腺細胞においては弱いながらも用量依存性かつ時間依存性に死細胞が増加したが、ミトコンドリア膜電位の低下は観察されなかった。また、胸腺細胞よりも末梢系リンパ組織である脾臓細胞では死細胞の増加およびミトコンドリア膜電位の低下ともに確認されなかった。以上の結果から、プロポフォールはT細胞の教育の場である胸腺においては弱いながら胸腺細胞に細胞死を誘導するものの、より成熟したリンパ組織である脾臓細胞においては細胞死を誘導するような毒性は示さないと考えられた。現在、全身麻酔薬が抗がん剤影響下における免疫能にあたえる効果を解析するために、抗がん剤であるトポイソメラーゼII阻害剤のエトポシドを用い、マウス胸腺細胞及び脾臓細胞の死細胞誘導至適濃度の決定と至適培養時間を決定するための実験を進行させており、至適培養条件が決定次第、エトポシド影響下における胸腺細胞、脾臓細胞の細胞死誘導及びミトコンドリア膜電位変化におよぼす全身麻酔薬の効果を観察する予定である。
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今後の研究の推進方策 |
(1)全身麻酔薬が抗がん剤影響下における免疫能にあたえる効果を解析するために、抗がん剤であるトポイソメラーゼII阻害剤のエトポシドを用い、マウス胸腺細胞及び脾臓細胞の死細胞誘導至適濃度の決定と至適培養時間を決定する。Balb/cマウスを頚椎脱臼下に安楽死させた後、胸腺及び脾臓細胞を摘出、浮遊細胞とし、24穴培養プレートに1穴あたり1x106個/mlの割合で分配する。エトポシド10-6モル濃度(以下、M)、10-5M、10-4Mを添加し、CO2インキュベーター内でそれぞれ4時間、8時間、12時間培養後、フローサイトメトリー法によるアポトーシス細胞のAnnexin-Vおよび7-AAD(医学生物学研究所)を用いた2重染色によりアポトーシス細胞の定量と定性を行い、抗がん剤による用量依存性および時間依存性アポトーシス誘導を確認する。また、エトポシドが胸腺細胞及び脾臓細胞のミトコンドリア内膜電位に影響を与えるかを観察するためにJC-1(Lipophilic cationic probe)を利用したフローサイトメトリー法によりミトコンドリア内膜電位の増減を定量し、リンパ球のミトコンドリア内膜電位の経時的変化を比較、検討する。 (2)臨床ではがん化学療法終了後に一定期間をおいて手術になることから、上記(1)の実験にてエトポシドによるリンパ球細胞死(アポトーシス)誘導の至適濃度と至適時間を決定後、より臨床に類似したin vitroでの実験培養系として、至適エトポシド濃度で2時間〜4時間、胸腺細胞及び脾臓細胞を刺激後、培養液からエトポシド除去し、その後さらに4時間〜24時間、胸腺細胞及び脾臓細胞をエトポシドのない条件で培養して、リンパ球のアポトーシス細胞の定量と定性及びミトコンドリア内膜電位の増減を定量する。これにより、臨床の化学療法から手術療法へ至る経過に類似した、細胞培養系を確立する。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた理由:おもに基金は高額実験機器のフローサイトメトリー単年度契約リース料に当てているが、そのため旅費等の使用に基金を使用しなかったこと、および細胞死(アポトーシス)定量のための色素等が当初購入予定であったものよりも安価であったために次年度使用額が生じた。 使用計画:令和2年度に行う実験では、アポトーシス細胞関連試薬および細胞表面マーカー染色抗体を複数購入予定であるため、差額による次年度使用額を適切に使用する計画である。
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