研究課題/領域番号 |
19K09590
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研究機関 | 独立行政法人国立病院機構(相模原病院臨床研究センター) |
研究代表者 |
岩澤 三康 独立行政法人国立病院機構(相模原病院臨床研究センター), 診療部・整形外科, 部長 (60574093)
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研究分担者 |
福井 尚志 独立行政法人国立病院機構(相模原病院臨床研究センター), 政策医療企画部, 特別研究員 (10251258)
大橋 暁 独立行政法人国立病院機構(相模原病院臨床研究センター), 外科系臨床研究室, 医長 (20466767)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 変形性関節症 / 関節 / 滑膜 |
研究実績の概要 |
変形性関節症(OA)では痛みは最も重要な症状であるが、OAにおいて痛みは単に症状として重要であるにとどまらない。多くの疫学研究によって痛みはOA進行の危険因子であること、すなわち痛みの強い症例では関節裂隙の狭小化が進行する傾向があることが示されている。このことは、痛みの発生と関節裂隙狭小化の進行、すなわち軟骨の変性との間に何らかの共通した機序が存在することを意味する。 膝関節のOAでは、レントゲン上の疾患の進行度に見合わない強い痛みを訴える症例を時に経験する。このような状態は欧米の文献ではflare と表記されるが、flareの状態にある症例では数カ月から半年程度の短い期間に関節裂隙の狭小化が明らかに進行することも少なくない。FlareはOAの痛みと進行を極端に示した状態と捉えられる。 Flareの病態についてはまだ一定の見解は得られていないが、OAの病態に関する現時点の理解に基づけば、flareには少なくとも骨性と滑膜性の2つのタイプがあると考えられる。このうち骨性のflareはMRIによって比較的容易に区別しうるが、実際のOA例ではこのタイプは比較的少なく、flareの症例の多くは滑膜性である。骨性と滑膜性で病態は大きく異なっており、flareの病態を解明するには両者を区別して解析することが必要である。 このような背景から、研究代表者らは以前からとくに滑膜性のflareに着目して検討を進めてきた。本研究は研究室において今までに蓄積された関節液検体と滑膜組織の中から、①同一関節について、滑膜性のflareが生じた時期とflareが収束したあとで採取された関節液の比較解析、および②滑膜性のflareの症例から採取された滑膜組織の解析、の2つのアプローチによってflareの時期に関節内で生じる変化の詳細を明らかにすることを目的としていた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究初年度である2019年度には、滑膜性のflareの症例について、flareの時期とflareが収束した後に採取された関節液検体のペアを選び出し、主要な因子について関節液中の濃度の比較を行った。計測はまず軟骨基質の主要な構成要素であるII型コラーゲン(CII neoepitope)とアグリカン(core protein)の変性産物について行ったが、これらはいずれもflareの時期の関節液において有意に高値を示した。この結果は、flareの時期に軟骨基質の変性が進行したことを示すものと考えられた。次いでMMP-1、2、3の3種のMMPについて計測を行った。これらのMMPは研究代表者らの所属する研究室において以前の研究からOAの関節液中に高濃度で存在することが確認されたものである。計測の結果、3種のMMPのうちMMP-1、3についてはflareの時期に有意に高値であり、この2種のMMPが滑膜性のflareと何らかの関連があると考えられた。次いでOAの病態との関連が文献上報告されている炎症性サイトカイン、ケモカインについて計測を行った。2019年度に計測を行うことができたのはIL-1b、TNF-a、IL-6、CCL2、CCL4、CXCL12の6種であるが、これらの因子はいずれも関節液中の濃度が計測限界以下であるか、flareとflare後の関節液の間で濃度に有意の差が見られなかった。年度の後半には研究代表者らがOAにおける滑膜病変において重要と考えている血管新生に関連する因子として、VEGF-A、Angiogenin、Angiopoietin-1、-2、MIFについて計測を行ったが、これらの因子の中にもflareの時期に有意に高値を示す因子は見出だすことができなかった。
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今後の研究の推進方策 |
本年度の解析からは滑膜性のflareに関連する可能性がある因子としてMMP-1、3が見いだされた。上述のようにこれらのMMPはもともとOA関節の関節液中に相当に高い濃度で存在することが知られている。研究代表者らは以前の研究から、これらのMMPは、周囲のマトリクスの変化に伴って滑膜組織中の線維芽細胞様滑膜細胞が活性化されることによって滑膜組織において同時に産生され、それが関節液中に遊離したと考えている。実際、関節液中だけでなくOAの滑膜組織の解析でもMMP-1と3の間には遺伝子レベル、タンパクレベルとも非常に高い正の相関がある。もしこの仮説が正しいとすれば、flareの時期には線維芽細胞様滑膜細胞を活性化させるような滑膜組織の変化が何らかの原因で生じていることになる。2020年度にはこの仮説に基づき、flareの時期に滑膜組織にどのような変化が起こっているかについても検討を行う。また2020年度にはflareの時期とflareの収束後に採取した関節液の比較解析をさらに進める。この解析については現在、研究代表者らは関節液中に存在するタンパクの網羅的な解析を行う必要性を感じており、とくにiTRAQを用いたプロテオーム解析に着目している。これは試料に含まれるタンパクをトリプシンなどで断片化したのちiTRAQで標識し、LC-MS/MSで試料中のタンパクを網羅的・定量的に解析する手法で、研究代表者らの研究室では別の研究課題についてこの手法による解析を行った経験がある。実際にこの解析を行う場合には関節液中に存在するhigh abundant proteinの除去がおそらく必要となり、加えて研究経費の面でもハードルが高い解析ではあるが、2020年度は2019年度と同様の解析を未計測の因子について行うだけでなく、こういった網羅的な解析についても実行可能性を検討する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
上述のように、2019年度にはflareの時期に採取された関節液とflareが収束した後に採取された関節液の比較を種々の因子について行ったが、両者の間で濃度が有意に異なる因子としては今のところMMP-1、3の2つが見いだされたのみであった。Flareの病態に切り込むためには今後さらにflareの時期で特徴的に増加あるいは減少する因子を見出していく必要があることは明らかで、そのためにELISAやLuminexによる解析を継続することは本研究を遂行する上で必須と思われる。また上述のiTRAQを用いたプロテオーム解析も本研究において極めて有用な解析手法と思われ、経費の面での制約を考え、研究代表者らは現在検体数を絞ってこの解析を行うことも考慮している。また本研究において当初から予定している滑膜組織の解析は2019年度には未着手であって2020年度以降に行う必要がある。これらの解析のために次年度にも研究経費を使用することが必要である。 本研究で最終的に目指すflareの病態解明について、2019年度は基礎的なデータの収集を開始したに過ぎない。今後さらに研究を継続することによってOAの病態において重要な役割を果たす滑膜病変の解明につながる知見が得られることが期待される。
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