研究課題
骨格筋は極めて高い適応能力,再生能力を有する臓器である.しかしながら病的な状態では,筋萎縮のみならず,筋脂肪変性,線維化などが生じることが知られている.こうした病態は,筋組織の機能を著しく損なうが,効果的な予防法,治療法は確立していない.本研究の目的は,筋内幹細胞の機能・相互作用の解明を通して,筋萎縮,筋脂肪変性に対する予防法,治療法の開発につながる知見を得ることである.本研究計画では大別して,①レチノイン酸受容体(retinoic acid receptor,以下RAR)シグナルを標的とし筋内脂肪変性の抑制,②加齢に伴う筋内脂肪変性のメカニズム解明,および,③筋内脂肪変性進行過程の時空間的解明,の3項目の研究を実施予定である.①に関しては,マウス筋組織から単離したfibroadipose progenitorの脂肪細胞への分化をRARアンタゴニストが抑制することを明らかにし,さらに,マウスの脂肪変性モデルにおいてもRARアンタゴニストが脂肪変性を抑制することを確認した.また,RARアンタゴニストにて筋線維化に関する遺伝子発現が上昇するが,組織学的には,明らかな線維化は生じないことを観察した.以上の結果は,American Journal of Sports Medicineに論文を投稿し,受領となった.②に関しては,老齢マウスにおいて,筋肉組織で脂肪関連遺伝子の発現が若年マウスに比較して亢進しており,腱断裂などの外傷にて,容易に脂肪変性が誘導されることを明らかにした.この結果から,加齢とともに,筋肉内の未分化間葉系細胞の性質が変わり,脂肪分化に偏ることが示唆された.これらの結果は現在,論文投稿中である.③に関しては,引き続きマウス脂肪浸潤モデルを作成し,組織学的解析を継続中である.
2: おおむね順調に進展している
上記の如く本研究計画では大別して3項目の研究を実施している.①のRARアゴニストの投与による,筋内脂肪浸潤の抑制に関しては,in vitro,in vivoでの検証が得られ,American Journal of Sports Medicineへの論文掲載に至った.このことから,①の研究計画に関しては,当初の予定よりも早く目的が達成されたと考える.②の加齢に伴う筋内脂肪変性に関しては,老齢マウス(50週齢以上)のマウスにおいて,脂肪変性が優位に亢進しており,定常状態においても,筋組織内の脂肪関連遺伝子の発現が亢進していることを観察している.脂肪変性が加齢とともに亢進する分子メカニズムに関してはまだ十分検討がなされていないものの,マウスモデルにいて加齢とともに脂肪変性が亢進することを示した報告は従来ないことから,まずは本知見をまとめ,論文を投稿した.③の筋内脂肪変性進行過程の時空間的解明に関しては,脂肪変性の発生母地が筋内腱周囲であること,筋内脂肪組織周囲に血管新生を伴うことなどを暫定的ながら観察しているが,定量的な評価が困難であり,その点に関し若干難渋している.組織学的評価を重ねる事で,これまでの所見の検証を試みたいと考えている.
レチノイン酸受容体シグナルを標的とした筋内脂肪変性の抑制に関しては,すでに論文掲載に至り,本研究テーマに関しては当初予定したゴールにはほぼ達したものと考えられる.また,加齢に伴う筋内脂肪変性のメカニズム解明に関しては,本年度内の論文掲載を目指し,検証実験を継続の予定である.今後,加齢に伴うfibroadipose progenitorの変化を,マイクロアレイなどの手法を利用し,さらに詳細に検討の予定である.筋内脂肪変性進行過程は,当初計画していた組織の透明化や評価法に障害があり,若干難渋しているが,組織解析を行い,知見を得たいと考えている.また,筋変性の病態の理解をさらに深めるため,筋・腱における異所性骨化のメカニズムとレチノイン酸による治療効果を新規に検討中である.異所性骨化の基となる細胞は,脂肪と同様にfibroadipose progenitorであると考えられていることから,まずはこの検証を行うとともに,fibroadipose progenitorが骨芽細胞へ分化する過程でRARシグナルがどのように作用するかをin vitro,in vivoにて明らかにしたいと考えている.また,興味深いことに,異所性骨化の進行には末梢神経が関与している可能性を示唆するデータが暫定的ながら得られており,今後これらの解析を進め,来年度以降のシーズになりうるデータの獲得を目指す.
コロナの影響のため,研究活動が一時的に滞り,その間の支出が予定よりも下回った.次年度への繰り越しされる分に関しては,学会参加が困難であることから,主に物品費に充てる予定である.
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Am J Sports Med
巻: 2 ページ: 332-339
10.1177/0363546520984122