研究課題
声帯瘢痕は音声障害における残された大きな課題の一つとされ、有効な治療法は未だ確立されていない。傷害された組織を再生するには、まずその組織の発生や維持のメカニズムを細胞・分子レベルから理解することが重要であるが、声帯組織が傷害された場合、どのように修復されていくのか、その機序に関しては十分にわかっていない。そこで上皮由来の細胞が追跡できるトランスジェニックマウスを用いて傷害声帯の創傷治癒過程における上皮間葉移行のタイミングや上皮間葉移行を来した細胞の性質を解析し、声帯における上皮間葉移行のメカニズムの解明することを目的とした。今回の実験で上皮間葉移行細胞は確認できたものの、その絶対数は非常に少ないものであった。上皮に強い炎症を加えると上皮間葉移行する細胞数はもう少し増加する可能性はあるが、自作の針状機器で与えられる傷害以上となるとマウスの生存に関わる傷害強度となるため付与する炎症の程度に限界がある。それが他臓器における報告と比較して組織修復時の上皮間葉移行誘導が少ない原因の一つと考えられた。また創傷治癒過程においてTGF-β1が産生主体になると思われるマクロファージを始めとした組織球の分布が臓器によって異なるために上皮間葉移行の応答に違いが生じた可能性も考えられる。しかし、環境の異なる臓器間での比較は変動因子があまりに多く難しい。現実的なプランとして、炎症細胞の分布に変化を与えるような薬剤投与をした環境下で創傷実験を行い上皮間葉移行細胞の量がどのように変化するのかを追跡するなどの方法が妥当と考えられた。上皮間葉移行細胞は、その後消失してしまうのか、定着して再生声帯の恒常性維持に関わるのか、あるいは定着はするが瘢痕化に関わるコラーゲン蓄積を悪化させるのかなどを調べることで、創傷治癒の慢性期において上皮間葉移行細胞が果たす役割がさらに解明されると考えられる。