研究課題
この課題では、悪性度の低い癌細胞が他の組織への転移・浸潤能を持つ悪性癌細胞へと変化する現象(悪性転化)がどのような機構で引き起こされるかについて研究する。頭頸部(口腔、咽頭、喉頭、唾液腺など)の癌細胞はp63(TP63)遺伝子が強く発現するが、p63の発現が消失すると多数の遺伝子が選択的に活性化または抑制を受けるとともに、悪性転化が誘導される。このことからp63がクロマチン(ヒストンを主とするタンパク質とDNAの複合体)の構造を調節していると推測し、癌から樹立された培養細胞株を使用して検証を進めている。令和1年度(初年度)はp63を強く発現する咽頭癌細胞でゲノム編集を行って、p63のRNAとタンパク質の大部分が失われた細胞を構築することができた。遺伝子アレイで調べた結果、発現上昇する遺伝子群と発現低下する遺伝子群があり、32倍以上に上昇、または1/32以下に低下する遺伝子は合計1000以上も検出された。それらの多くは細胞外マトリクスの集合・分解、細胞接着、血管新生、シグナル伝達などに関わるものであった。これに比べて、当初予定していたRNA干渉法(siRNAによりp63を抑制する方法)では、類似の結果が得られたものの遺伝子発現の変動幅が小さく、データの安定性を欠いていた。以上の結果から、ゲノム編集で作成した細胞株は悪性転化における大規模な遺伝子発現の変化とよく対応しており、p63とクロマチン構造の関係を研究するために有用であると考えた。今後はp63がヒストン修飾(アセチル化、メチル化)やDNA(シトシン)メチル化に与える影響について解析を進める。
2: おおむね順調に進展している
頭頸部扁平上皮癌の悪性転化におけるクロマチン構造変化の解析を行うために、まず、高分化型の扁平上皮癌細胞株をもとに悪性転化の実験系を構築する必要があった。本研究では高分化型の扁平上皮癌で高発現しているp63(TP63)に着目し、p63の発現を失うことによって浸潤癌へ進展する培養細胞モデルの構築を試みた。(i) p63発現陽性の扁平上皮癌細胞(FaDu、A431、HSC-1)からp63陰性細胞を実験的に作り出すため、siRNAによるノックダウンを行った。細胞株により異なるが50%~80%の効率でp63のmRNAとタンパク質を低下させることができた。(ii) 咽頭癌細胞FaDuで特定のエキソンに関してゲノム編集を行ったところ、p63が実質的にノックアウトされた状態を作ることができた。このゲノム編集ではp63遺伝子から発現されるTA型およびΔN型の全てのアイソフォームが抑制されており、そのメカニズムは詳しく解析中である。(i)と(ii)で得られたp63陰性細胞と親株細胞について遺伝子アレイを用いて発現プロファイルを調べた結果、両方の系でこれまでの報告のようにp63が発生や細胞機能と関係する遺伝子発現と関係することが確認できた。しかしこの発現プロファイルの変化は(ii)のゲノム編集細胞において非常に顕著であり、発現上昇する遺伝子群と発現低下する遺伝子群を総合して、32倍以上変化する遺伝子が1169個検出された。高頻度に現れるGO termは細胞外マトリクスのアセンブリー・分解、細胞接着、細胞とマトリクスの接着、細胞骨格成分、TGF-βシグナル伝達、血管新生などであり、上皮間葉転換や悪性転化に特徴的な変化と考えられた。これらの結果をもとに、今後は親株細胞FaDuとゲノム編集細胞を使用してクロマチン構造変化の解析を進める。
初年度に得られたp63ゲノム編集細胞株を使用して、頭頸部扁平上皮癌の悪性転化で起こるクロマチン構造の変化を解析する。具体的には、次に述べるように(a)ヒストン修飾部位と(b)DNAメチル化領域をそれぞれ解析し、p63の有無によって大きく変化する領域を検索する。(a) ヒストンアセチル化・メチル化の解析 ヒストン3-リジン27アセチル化(H3K27ac)、ヒストン3-リジン27メチル化(H3K27me3) などを認識する抗体を使用してクロマチン免疫沈降(ChIP)を行い、修飾ヒストンと共に沈殿したDNA断片を抽出・精製する。得られたDNAサンプルに関して、PCRによる予備的検討を行い再現性と妥当性を確認する。その後、Next-Genシークエンス解析を実施し、ヒストンメチル化またはアセチル化が起きている部位のDNA配列をゲノム上にマッピングする。(b) DNAメチル化の解析 Methylated DNA immunoprecipitation(MeDIP)を実施する。細胞から一本鎖DNA断片を調整し、5-メチルシトシン(5mC)抗体と磁気ビーズを使ってメチル化DNA断片を特異的に補足する。得られたDNAサンプルをPCRで確認した後、Next-Genシークエンス解析またはPromoter qPCR Array 解析を実施する。ゲノム配列上にDNAメチル化部位をマッピングする。(a)と(b)の実験で得られるクロマチン構造変化のパターンと、遺伝子アレイ解析で明らかになった発現変動遺伝子のゲノム上の位置を関連付けることにより、p63がクロマチン構造の変換に関わり、ゲノムワイドな遺伝子発現の調節分子として作用する可能性を検証する。
次年度使用額が生じた理由: 研究の進行に合わせて実施内容を一部変更したので、残額が生じた。具体的には、実施期間の初年度に予定していた支出金額の高い次世代シークエンスを後ろ倒しにし、初年度以降に予定していた比較的安価な遺伝子アレイ解析を前倒しで実施した。使用計画: 3年間の総合的な研究計画に変更はなく、次年度使用額を後ろ倒しにした支出項目に充てる。
すべて 2019
すべて 雑誌論文 (2件) (うち査読あり 2件、 オープンアクセス 1件)
Neoplasia
巻: 21 ページ: 494~503
10.1016/j.neo.2019.03.010
International Journal of Molecular Sciences
巻: 20 ページ: 1872~1872
10.3390/ijms20081872