研究課題/領域番号 |
19K10080
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研究機関 | 神奈川歯科大学 |
研究代表者 |
倉田 俊一 神奈川歯科大学, 歯学部, 特任教授 (60140901)
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研究分担者 |
加藤 伊陽子 神奈川歯科大学, 歯学部, 特任教授 (20333297)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | TP63 / 扁平上皮癌 / 悪性転化 / クロマチン |
研究実績の概要 |
口腔、咽頭、喉頭、唾液腺など頭頸部の上皮組織の癌(頭頸部扁平上皮癌)のうち、高分化型と呼ばれ、本来の上皮細胞の性質(表皮細胞分化能)を維持している悪性度の低い癌細胞ではTP63 (p63)遺伝子が強く発現している。このタイプの癌がp63を発現しなくなると、表皮細胞分化能を失い、浸潤や転移を起こす悪性の腫瘍となる。この過程ではゲノムの広い領域で遺伝子発現が選択的かつ大幅に変化するので、TP63遺伝子から合成されるp63タンパク質がクロマチンの構造変化引き起こすと考えられている。2020年度は次の2項目を中心に研究を進めた。 (1) 前年度報告したように、p63を発現する咽頭由来の癌細胞株をもとにゲノム編集によりTA-p63アイソフォーム特異的エキソンをノックアウトし、細胞株を樹立した。この細胞が実質的にp63全体のノックアウト細胞として本研究課題に使用できることを確認した。その機構を解析した結果、p63の新生鎖RNAの一部がスプライシングを受けず、エンハンサーRNA(eRNA)として機能し、下流の主要プロモーター部位とクロマチン・ループ構造を形成することにより発現を誘導している可能性が浮上した。 (2) ゲノム全体でのクロマチン構造変化を検出するためにアセチル化ヒストンを認識する抗体を使用してクロマチン免疫沈降(ChIP)を行い、修飾ヒストンと共沈したDNA断片を抽出・精製した。同様にDNAメチル化の解析にも着手した。得られたDNA断片に関して、PCRによる予備的検討を行い再現性と妥当性を確認する作業を進めた。クロマチン構造変化の検出のためには、親株細胞およびゲノム編集細胞のゲノム配列をヒトゲノム・リファレンス配列と比較しておく必要があり、次世代シークエンス解析を実施した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2020年度は次の2つの項目で研究の進展があった。 (1) クロマチン構造変化を検出する実験系として当初RNA干渉法を計画していたが、p63(TP63)遺伝子のTA-p63特異的エキソンのゲノム編集で樹立した細胞がより効果的な実験系であることを確認した。また、その機構自体にもクロマチン構造との関連が考えられ、RNAとタンパク質の関与について検討した。その結果、親株細胞ではTA-63のRNAはかなりの頻度でスプライスを受けずプラス方向のRNA新生鎖として存在していた。編集細胞では、マイナス方向のRNA合成が活発になるとともにDeltaN-p63転写が抑制された。RNA新生プラス鎖がeRNAとして働き、下流にある主要なp63転写開始部位との間にクロマチン・ループ構造を形成する可能性が考えられた。このタイプの制御がp63遺伝子で証明できば新規性が高い。 (2) ヒストン3-リジン27アセチル化(H3K27ac)抗体を使用してクロマチン免疫沈降(ChIP)を行い、共沈するDNA断片を抽出・精製した。一方、DNAメチル化の解析として、5-mCを特異的に認識する抗体を用いてDNA断片を濃縮するMeDIP法にも着手した。各実験で得られたDNA断片に関して確認作業を行ったが、まだ再現性が十分でなく、部分的に条件を見直す必要性が出てきた。一方、ゲノム配列へのマッピングを行うため、使用する親株細胞およびゲノム編集細胞のゲノム全配列を、ヒトゲノム・リファレンス配列と比較しておく必要があり、次世代シークエンス解析を実施した。この際に、(1)で述べた樹立細胞では第3染色体のTP63に設定したgRNA標的配列でゲノム編集が起こったことも確認できた。
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今後の研究の推進方策 |
頭頸部扁平上皮癌の培養細胞モデル系での研究を発展させる。p63(TP63)の発現消失で起こるクロマチン構造変換、およびゲノム全域での特異的かつ大幅な遺伝子発現の変化についてそれぞれ解析を進める。その二つの変化の関連付けを行い、癌の悪性転化をもたらす遺伝子発現の変化にはクロマチン・リモデリングが大きく関与することを示す。具体的には次の(1)-(4)の事項を実施する。 (1)クロマチン構造変換の検出: ヒストン修飾に関しては前年度のChIP-Seq解析を継続して実施する。一方、DNAメチル化の解析については予定を変更し、ヒトゲノム上の既知のシトシン・メチル化サイトを搭載したDNAメチル化ビーズアレイによる解析(バイサルファイト法)を行う。ヒストンアセチル化とDNAメチル化サイトをそれぞれヒトゲノム上にマップする。 (2) 特異的な遺伝子発現変化: すでに実施した遺伝子アレイ解析により、p63の発現を失うと、細胞外マトリクス、細胞-細胞間接着因子、細胞-細胞外マトリクス接着因子、神経発生と関連する遺伝子発現が大きく変化することが分かっている。変動が大きい各遺伝子に関してRT-qPCRを実施し、定量化する。(3) クロマチン構造変化 (1の結果)と、発現が変動した遺伝子(2の結果)をゲノム・マップで比較し、クロマチン構造変換と転写活性化・抑制の関連を調べる。(4) 成果発表(日本癌学会学術総会)を行う。論文作成・投稿を進める。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用が生じた理由: 当初の計画に比べて、より良い細胞培養モデル系を構築し、その解析を行ったため、2020年度の実施内容を一部変更した。また、COVID-19パンデミックにより研究室での作業を停止した時期があり、最終的に2020年度の支出が減少した。 使用計画: 当初計画に沿って研究を進め、繰り越した研究費を2021年度に支出する。
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