研究課題
本研究は,糖尿病患者に見られる歯周病の重症化における老齢性テストステロン低下の細胞生物学的な作用を解明するものである。すなわち,炎症反応を想定した細胞培養系に糖尿病と老齢性テストステロン低下の2つの環境因子を加味した実験系を構築することで,その環境下における細胞反応を探るものである。細胞は歯肉線維芽細胞を用い,炎症因子IL-1bによる刺激後の炎症関連因子の産生性を調べたところ,これまでの報告に相応してIL-1bはIL-6やMMP-1の産生を劇的に亢進した。また,糖尿病を想定して高グルコース条件下で培養した歯肉線維芽細胞においては,通常のグルコース濃度下での反応と比較してIL-6の産生性は変化しなかったが,MMP-1の産生は有意に促進された。また,高グルコース条件下で培養した歯肉線維芽細胞において,炎症因子カルプロテクチン刺激後,MMP-1の産生性がさらに促進されることが分かった。このことは糖尿病患者の歯周病重症化機序の一端を示すものである。さらに,この実験系においてスダチチンが抑制効果を示すことも明らかになり,今後,糖尿病患者の歯周病重症化を抑制する新たな創薬の開発に一本の道筋ができた。一方,本培養系における老齢性テストステロン低下の影響を調べたところ,テストステロンの濃度が低くなるにつれて,歯肉線維芽細胞のIL-6およびMMP-1の産生性が上昇することが分かった。これは本研究の仮説に沿う結果ではあるが,その産生量は統計学的に有意差はあるものの,IL-1b刺激による産生量を比較すると非常に微々たるものであった。今後,高グルコース,テストステロンの2因子に加えて,AGEのような老齢因子にも着目して細胞の反応性を評価する予定である。
2: おおむね順調に進展している
歯肉線維芽細胞において炎症因子IL-1bによる刺激後の炎症関連因子の産生性を調べたところ,IL-6およびMMP-1の産生が劇的に亢進した。また,高グルコース条件下(25 mM)で培養した歯肉線維芽細胞においては,通常のグルコース濃度下(5.5 mM)での反応と比較してIL-6の産生性は変化しなかったが,MMP-1の産生は有意に促進した。また,高グルコース条件下で培養した歯肉線維芽細胞において,炎症因子カルプロテクチン刺激によってMMP-1の産生性がさらに促進された。高グルコースが歯肉線維芽細胞におけるカルプロテクチン誘導性のNF-kB系を促進することも分かった。このことは糖尿病患者の歯周病重症化機序の一端を示すものである。さらに,この実験系においてスダチチンがNF-kB経路の抑制を介してMMP-1産生の抑制効果を示すことも明らかになった。またMMP-1の抑制作用を持つTIMP-1の産生性には影響を及ぼさなかったことから,MMP-1の作用がよりクローズアップされると考えられた。一方,本培養系における老齢性テストステロン低下の影響を調べたところ,テストステロンの濃度が低くなるにつれて,歯肉線維芽細胞のIL-6およびMMP-1の産生性が上昇することが分かった。しかしながら,その産生量は統計学的に有意差はあるものの,IL-1b刺激による産生量を比較すると非常に微々たるものであり,MMP-1やIL-6の産生系を評価する場合,テストステロンの影響がIL-1の影響によってマスクされてしまう可能性も分かった。
テストステロンの濃度が低くなるにつれて,歯肉線維芽細胞のIL-6およびMMP-1の産生性が上昇することが分かったものの,その産生量は統計学的に有意差はあるものの,IL-1b刺激による産生量を比較すると非常に微々たるものであった。すなわち,MMP-1やIL-6の産生系を評価する場合,テストステロンの影響がIL-1の影響によってマスクされてしまう可能性があり,このことはIL-1の作用が強力過ぎるために弱いテストステロンの作用を示すことが難しいと考えられる。今後,高グルコース,テストステロンに加えて,AGEのような比較的,作用が弱い老齢因子も用いて細胞の反応性を評価する予定である。また,僅かなMMP-1とIL-6の上昇が臨床的にどのような意義があるのかについて,すなわち炎症のない状態における低テストステロンの影響を論理的に説明する必要があると考えている。これは,今後の課題となる。また,COVID-19感染のため歯科診療が抑制的になっていることもあり,臨床研究のサンプル(歯肉溝滲出液等)の集まり具合が悪いことは否めない。今年はCOVID-19感染が落ち着いた後,臨床研究を推進していきたいが,場合によっては,これまでに集めた少数のサンプルのみを用いてテストステロンレベル等を予備実験的に測定し,臨床データとの関連性を統計学的に解析する予定である。
COVID-19感染の拡がりのため,歯科診療に制限が生じたことによって患者臨床サンプルの収集が予定通りに進まなかった。そのため次年度使用額が生じた。今年度もCOVID-19感染の拡がりに懸念はあるものの,可能な限り臨床サンプルの収集に努める。ただし,状況によっては,予定数に達しない場合でも,翌年度分として請求した研究費と合わせて歯肉溝滲出液中のテストステロン濃度や炎症性サイトカインのレベルを測定することに使用する予定である(市販のELISAキットを使用)。
すべて 2020
すべて 雑誌論文 (2件) (うち査読あり 2件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (2件)
日本歯科保存学雑誌
巻: 63 ページ: 503-511
10.11471/shikahozon.63.503
Neurosurgery Open
巻: 1 ページ: -
10.1093/neuopn/okaa007