研究実績の概要 |
超高齢先進国の日本では現在、高齢者(65 歳以上)の総人口に占める割合は28.8%と高率であるが、嚥下を制御する脳機能制御システムに関しては不明な点が多い。 そこでわれわれは、全頭型脳磁図計測装置を用いて舌運動と脳磁場反応との脳反応―運動コヒーレンス解析(Cortico-kinematic coherence, CKC)を試みた。従来のCKC解析手法では、加速度計測装置を運動部位に設置し運動を評価している。しかし、磁性体である加速度計を口腔領域に設置するとアーチファクトを生じるため脳磁場信号解析を行うことができなくなる。そこで、われわれは、AI(機械学習)技術を駆使しビデオカメラを用いて撮像した舌運動をキャプチャーモーション解析し、脳反応―舌運動コヒーレンスの解析を行った。舌運動と脳反応とのコヒーレンスは両側半球に認められ、電流源は舌感覚運動野に同定された(Maezawa et al., 2022)。本CKC手法は、電極などを口腔内に設置する必要がなく、誤嚥や感染のリスクがないという利点を有し、コロナ禍においては有効な脳機能解析手法である。また、多点を同時に評価することが可能であり、今後は嚥下時における顎顔面領域と脳信号とのコヒーレンス解析により嚥下機能の時間空間情報処理機構をより詳細に検討したい。 さらに、高齢者において歌唱トレーニングが口腔咽頭筋の筋力低下を防ぎ、嚥下機能維持に有効であるという仮説を立て、歌唱経験者55人と非歌唱経験者141人を対象に反復唾液嚥下テストによる嚥下機能評価を行った。その結果、歌唱経験者では非歌唱経験者に比べて有意に反復唾液嚥下回数が上昇しており、歌唱トレーニングの嚥下機能維持への可能性が示唆された(Yagi et al., 2022)。これらの研究成果は、高齢者の嚥下機能制御機構解明に寄与するものである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
実験はおおむね順調に遂行できており、健常者や高齢者の摂食嚥下機能の中枢制御機構解明ならびに嚥下機能向上に結びつく下記の成果を得ている。 本研究課題において、脳機能解析と機械学習とを組み合わせた新たな脳機能解析手法を用いて舌随意運動を行う際の大脳皮質の時間空間情報処理機構を明らかにした(Maezawa et al., Scientific Reports, 2022)。また、高齢者における歌唱トレーニングと嚥下機能との関連について明らかにし、歌唱トレーニングの嚥下機能維持への有効性性を支持する結果を得た(Yagi et al., Healthcare, 2022)。AI(機械学習)を用いたキャプチャーモーション解析により、被験者の咽頭部の動きを自動解析し嚥下機能を評価する手法を確立した(Nakamura et al., IEEE, 2021)。さらに、両側舌運動野を同時刺激する手法を世界に先駆けて確立し、舌運動野の可塑性変化ならびに舌運動機能向上を誘導することに成功した(Maezawa et al, Brain stimulation, 2020) 。また、咀嚼運動と歩行運動との異なる生体リズム運動の引き込み現象に関する報告を行った(Maezawa et al, Neuroscience research, 2020)。 今後、我々が開発した嚥下機能評価法や口腔運動時脳機能解析法を有機的に融合し、新規嚥下機能再建法の確立に臨床応用する。
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今後の研究の推進方策 |
嚥下運動は1秒程度の短時間に口腔咽頭領域の20種類以上の筋が一定の順序で作動する極めて精緻かつ複雑な運動機能である。われわれは本研究課題にて多点同時評価可能な“機械学習を用いたキャプチャーモーションによる口腔運動―脳信号コヒーレンス解析手法”を開発した(Maezawa et al., 2022)。今後はこの手法を応用し、嚥下運動3相(先行期、口腔咽頭期、食道期)を各相別に区別し、嚥下時にはどのタイミング(時間)でどの皮質領域(空間)の活動が関与するのかを詳細に明らかにし、精緻な摂食嚥下機能の脳内制御機構を明らかにしたい。また、歌唱経験者を対象とした嚥下機能解析により、高齢者において歌唱トレーニングが嚥下機能維持に有効であるという結果を得た。今後は、高齢者の嚥下機能維持に効果的な歌唱訓練法を開発したい。さらに、歌唱経験者を対象に嚥下時の脳磁図計測を行うことで、歌唱トレーニングがどのように口腔咽頭領域(末梢)や皮質領域(中枢)に影響し嚥下機能維持に作用するのかを明らかにし、歌唱による嚥下機能維持のニューロエビデンスを解明する。さらに本研究課題にて、“両側舌運動野への経頭蓋電流刺激法”を開発した(Maezawa et al, 2020a)。今後はこの手法を、摂食嚥下障害を有する患者へ適応し、臨床応用を図る。また、本研究課題において咀嚼運動と歩行運動との異なる生体リズム運動の引き込み現象に関する報告を行った(Maezawa et al, 2020b)。今後は、異なる生体リズム間の引き込み現象に皮質がどのように関与するのかを明らかにしたい。
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