ヒトの腸管には多様な腸内細菌が生息し、これらの細菌は複雑な微生物生態系を形成しており、これを腸内細菌叢とよぶ。腸内細菌叢のバランスが崩れると、個体の免疫機構の異常、糖尿病など様々な疾患の発症および進展に影響することが報告されている。一方、高齢者の摂食嚥下障害への対応が重要視されている。 脳卒中の亜急性期に経管栄養となり、その後、摂食嚥下訓練を受け経口摂取となった8名を対象に研究を行った。唾液と便を、摂食嚥下訓練前の経管栄養時および摂食嚥下訓練によって、経口栄養となった後に採取した。経口栄養を再獲得することにより、口腔内および腸内細菌叢の多様性が増加し、細菌叢の組成が変化していることを見出した。加えて、Carnobacteriaceae科とGranulicatella属の細菌量が経口食物摂取の再開後、口腔および腸内の両方で増加していた。また、細菌同士の相関関係を示したネットワーク構造も、経口栄養の再獲得後には口腔内および腸内ともに、ひとつのネットワークに、より多くの細菌が関わるように変化した。機能予測解析の結果から、経管栄養時と比較して、経口栄養時により発現しうる代謝経路があることが明らかになった。摂食嚥下障害の患者に対する 摂食嚥下訓練は、口から食べられるように機能を回復するだけではなく、口腔内と腸内の細菌叢の多様性を増加させ、微生物群集の組成およびその共起ネットワーク構造を変化することを見出した。 腸内細菌叢が様々な疾患に影響することは広く知られているが、本研究は、経口栄養の再獲得が、全身の健康の維持にも重要であることを細菌学的な見地から示した発見であり、今後の医療戦略を考える上で意義のある成果である。
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