本研究は、重金属ばく露細胞における小胞体ストレス軽減物質サルブリナルによる細胞死・生存への影響について、主要な小胞体ストレスシグナリングPERK経路に着目し、翻訳開始因子eIF2α、アポトーシス誘導分子CHOPおよびオートファジーが制御する細胞死・生存を解析することにより、その分子基盤を明らかにすることを目的とする。これまでに、環境汚染重金属であるカドミウムや銀ナノ粒子ばく露に対するサルブリナルの肺胞上皮腺癌細胞(2019年)、神経芽細胞腫(2020、2021年)などへの影響を検討し、細胞種によりサルブリナルの細胞死・生存影響が異なることを認めた。2022年は、A549ヒト肺胞上皮腺癌細胞にカドミウムを長期ばく露し、細胞移動能亢進および抗癌剤耐性獲得を伴う悪性転化の途中および成立後に処理するサルブリナルの影響について以下の知見を得た。(1)悪性転化細胞では、上皮系因子(E-cadherin)減少、間葉系因子(E-cadherin、PAI-1)増加を認めた。(2)サルブリナルの悪性転化途中処理はPAI-1増加を抑制し、細胞増殖・移動能を低下させた。一方、抗癌剤耐性は増加した。(3)サルブリナルの悪性転化成立後処理は細胞増殖のみ低下させた。(4)PAI-1ノックダウン細胞では、細胞増殖・移動能は低下したが、抗癌剤耐性は増加しなかった。以上から、サルブリナルの細胞増殖・細胞移動能の低下効果については、PAI-1発現量低下を介している可能性がある。上記in vitro実験に加えて、in vivo実験では、鉛ばく露ゼブラフィッシュ受精卵において、初期発達の低下、孵化後の酸化ストレスおよび小胞体ストレス応答関連遺伝子の発現変化を認めた。重金属ばく露モデル生物として、線虫(2021年)に加えて、ゼブラフィッシュ(2022年)が環境ストレス応答を個体レベルで評価する実験系として有用である。
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