本研究はヒトの脳活動が内在的なデフォルト・モード・ネットワークを含めて,呼吸リズムによって影響を受けているいう仮説の検証を目的としている。電気生理学的手法を用いて,呼吸相や呼吸様式の違いが感覚運動機能に及ぼす影響を非侵襲的にヒトで捉えようとしてきた。2019-20年度には,鼻孔での呼気二酸化炭素レベルの変化を記録しながら,安静時脳波を記録して,呼吸リズムと脳波との相関について検討した。2021-22年度では新型コロナウィルス感染拡大の影響で,研究活動は大きく制約を受けたが,呼気二酸化炭素レベルの急峻な変化から呼気相と吸気相を同定して,呼吸相が痛覚情報処理に及ぼす影響について健常者で実験を行い,申請者が以前報告した結果と一致する結果が得られた。また触覚を伝播する大径有髄線維を選択的に弱電気刺激して誘発反応を調べる実験を少数例で遂行して,呼吸相による脳電位への影響は痛覚の場合と異なるとの結果を得た。2023年度では呼吸リズムと安静時の自発脳波との周波数解析を行い,呼吸リズムが安定していた被験者においては呼吸と自然脳波との間にcoherenceを見いだし,学術論文として公表した。これは齧歯類の動物実験の結果及び深部電極のヒト大脳皮質脳波の結果と合致していて,呼吸リズムが海馬リズムのみならず体性感覚皮質や前頭葉皮質など広範囲の脳活動に影響を与えることを頭皮上から非侵襲的に記録できることを示した重要な事実である。従来からの研究継続である,東京医科歯科大学,金沢工業大学,株式会社リコーとの共同研究において,手首刺激により腕神経叢を伝播するインパルスの可視化の原著論文を公表することができた。この結果は,磁界計測の結果から算出した神経外部の電位分布が実際の電位計測の結果と一致することを世界で初めて示したものであった。今後の磁界計測の臨床への応用拡大の裏付けとなる知見であったと考えられる。
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