研究課題/領域番号 |
19K11474
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研究機関 | 順天堂大学 |
研究代表者 |
松本 綾子 順天堂大学, スポーツ健康科学研究科, 特任助教 (20833825)
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研究分担者 |
飯泉 恭一 東北女子大学, 家政学部, 准教授 (30439351)
川崎 広明 昭和女子大学, 生活科学部, 講師 (40531380)
棗 寿喜 順天堂大学, スポーツ健康科学研究科, 特任助教 (90761841)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 炎症性大腸炎 / 自発運動 / 酸化ストレス / ニトロトリプトファン |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、炎症性大腸炎(IBD)の運動による予防効果とその抑制の仕組みをタンパク質レベルで解明することである。 初年度にあたる今年度は、まず、IBD誘発モデルマウス作出にあたり、投与するデキストラン硫酸ナトリウム(DSS)の濃度を検討した。マウス系統には、その後の運動効果を考慮して経験的に活動的とされるC57BL/6系(雄)を用いた。実際の運動期間(8週間)を考慮して15週齢前後のマウスを使用した。0、2、3、4、5 % DSSをそれぞれ2匹のマウスに5日間投与し、DSS投与から7、8日間に亘りマウスの体重変化、糞の状態(下痢や血便の有無)を観察し、解剖時には腸管長を測定した。その結果、2 %では体重減少以外に下痢の症状が見られたものの顕著な異常は見られなかった。3 %以上では、明らかな下痢の症状や血便が見られ、体重の減少、腸管長の短縮が観察された。4 、5 %では、以上に加えてそれぞれ1匹のマウスが死亡した。そこで、投与するDSSの濃度を3 %に決定し、運動群では8週間のRunning wheelによる自発運動を行った。その後、マウスをDSS処理群と対象群とに分け、DSS処理群には3 % DSSを5日間投与し、DSS投与から6、8日後にマウスを安楽死させ大腸を回収した。 IBDに対する運動効果を体重変化、糞の状態、腸管の短縮を指標に比較したところ、いずれも運動群での炎症の悪化を示唆していた。サイトカインなど炎症マーカー(IL-1β、IL-6など)のmRNAの発現量についても定量的PCRによる比較を行ったが、同様の結果であった。これらは当初の予想に反するため、さらに詳細な分析を行ったところ、運動群での飲水量の増加に気づいた。すなわち、運動群では基礎代謝が上がったことで飲水量が増え、取り込んだDSS量が相対的に多くなったため、対象群に比べて炎症が悪化した可能性がある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究は3年間を予定しており、初年度である昨年度は、IBD誘発法の確立と使用するマウス系統、および運動条件の検討を目標として研究を遂行した。 当初は先行論文の実験条件などから、運動が予防効果をあげる最低の期間として4~6週間を見込んでいたが、運動介入実験の経験のある研究者から8週間の運動がより適切との情報を得たので、運動期間を変更した。そのため、当初予定していた12~13週齢のマウスではなく15週齢前後の非運動群のマウスでIBD誘発法の確立を目指すことになった。実験に使用したマウスの系統は、当初の予定通り経験的に活動的とされるC57BL/6系を、IBD誘発試薬には病状がヒトの潰瘍性大腸炎に類似するDSSを用いた。IBD誘発に必要なDSSの濃度は、用いるマウスの系統や飼育環境によって異なることが分かっている。DSS濃度を0~5 %の間で検討したところ、3 %で顕著にIBDの症状が観察された。よって、DSS濃度を3 %(投与期間を5日間)として、運動の有無、および、DSSによるIBD誘発の有無を組み合わせた計4群で、運動によるIBDの予防効果を比較検討した。運動には、当初の予定通り、適度な自発運動という観点からRunning wheelを採用した。その結果、複数の検査項目で対象群に比べ運動群で炎症の悪化が見られた。これは当初の予想とは異なる結果であった。原因として、運動群は対象群に比べ有意に飲水量が多く、体内に取り込むDSS量が増加したため炎症が悪化したことが考えられた。運動効果を正しく評価するためには、運動群と対照群で取り込むDSS量をできるだけ揃える必要があり、そのためには、飲水量の制限をはじめ、再度DSS濃度や投与期間を検討するなどIBD誘発法を再確立する必要が生じた。 よって、現在までの研究進捗状況は、当初の計画から若干遅れていると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
本研究は3年間を計画している。2年目の本年度は、初年度の結果を踏まえ、まずはIBD誘発法と、運動によるIBDの抑制効果の有無について再検討する。その後、速やかにタンパク質レベルの解析に移行し、IBD発症、および、運動によるIBD発症抑制に関わる新規タンパク質の同定やタンパク質修飾の解析を行う予定である。 昨年度は、実験条件を検討し、3 % DSSの5日間の投与でIBD発症を誘発できることを確認した。その後、運動の有無によるIBDの抑制効果を比較したところ、運動群の方で炎症の悪化が認められた。これは当初の予想とは逆の結果であった。原因として、運動群での飲水量増加に伴ったDSS摂取量の増加が推測された。そこで今年度は、運動群と対照群でDSS摂取量をできるだけ揃える条件の確立を目指す。昨年度の結果から、飲水量は運動後の5日間、すなわち、DSS投与期間に顕著に増加し、その後は対照群とほぼ変わらなくなることが示された。よって、投与初期に摂取するDSS量をなるだけ揃える対処が有効と考えられる。そこで、改善策として、飲水量の制限、および、投与するDSS濃度は下げ、逆に投与期間を長くするなどの投与方法を検討する。 IBD誘発法の確立後には、運動の有無、および、IBD誘発の有無を組み合わせた計4群で大腸や血液を回収し、タンパク質の発現量の変化や修飾の有無について調べる。発現量の変化は、二次元電気泳動や蛍光標識二次元ディファレンスゲル電気泳動を行い、量的に変化の見られたタンパク質を質量分析により同定する予定である。タンパク質修飾については、シグナル伝達に重要なリン酸化と炎症および酸化ストレスマーカーとなるニトロ化を調べ、さらに修飾されたアミノ酸を特定する。これらを通して、運動のIBD抑制に対する影響を分子レベルから考察する。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初の計画では、初年度の設備備品費として、炎症性大腸炎(IBD)の炎症の程度を組織・病理学視点から詳細に比較するためのパラフィン切片作製用ミクロトーム、パラフィン融解用インキュベーターとパラフィンストレッチプレートの購入を希望していた。しかし、パラフィン切片作成の段階にまで研究が進まなかったこと、さらに、融解したパラフィンが蒸発しても他の機器に影響しない適切な設置場所が確保できなくなったことから、該当する研究費が未使用になった。 この未使用分予算に関しては、パラフィン切片の代替としての使用を考えているクリオスタットによる凍結切片作製、および、今後のタンパク質解析に必要な試薬やキットの費用に充当予定である。
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