研究実績の概要 |
第1として就学前児のメンタルローテーション遂行中の動きについて分析した。2次元画像分析システム (PV Studio 2D)と動作解析ソフト(Kinovea)とを比較した結果、Kinoveaの操作性が良く、得られたデータの座標、速度、加速度等が容易に得られた。分析対象となった子どものデータは、それまでの実験による。実験に参加した子どもは自転車用ヘルメットを被るが、前額面に赤いマーカーを装着しており、それをソフト上でトラッキングすることで軌跡データを得た。座標データから軌跡は緩やかな楕円軌道を描いていることがわかった(最小二乗法、ロバスト推定)。次に同じデータに基づき各指標の状態空間の再構成を行った。各時系列データは約33msでサンプリングされたものであるが、τ=1,2,3,5,10とし、座標、速度、加速度を比較したところ、加速度において顕著なアトラクターが得られた。メンタルローテーションでの比較刺激の呈示角度は0,45,90,135,180°であったが、いずれにおいてもアトラクターの存在が確認できた。 第2に、シナジーの観点から身体動揺についての追加分析を行った。立位姿勢で30秒間定位させた身体の揺れ(足圧中心動揺:COP)の軌跡を分析した。軌跡の輪郭の頂点数、凸包、アルファ形状等の幾何学的指標を比較したところ、障害児は大学生に比べ複雑かつ広く、ASDやID児は左右の揺れ、大学生が前後の揺れを示すという特徴が捉えられた(野田,2021)。 第3として、認知課題を解く上で手が重要な役割を果たすと考えている。数枚からなる傾いていくカードを用いて、それらを正しい動きの配列にするよう求める課題を3,4,5歳児に行った。手使用に限って報告すると女児より男児の方が多く認められた。5歳になると差はなくなったが、イメージと手使用との関連性に性差が関連することが示唆された(Noda,2020)。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
(1)データ取得と分析:予想以上に長引いているコロナ過のために実際に保育園や小学校に行ってデータを取ることが難しく、また大学生の研究への参加もオンライン環境であるために困難な状況となっている。2021年においても安全なデータサンプリングの見通しは不確かとなっている。新規のデータサンプリングが出来ないために、それまでに蓄積してあったデータを分析しているのが現状である。しかし、新たな分析結果から今回は思わぬ発見につながった。座標では見出せなかった加速度によるアトラクターの存在の確認である。ただしカオス性の検討までを考えていたが、状態空間の再構成に予想外に時間がかかったため、リアプノフ指数の算出を含め次年度に持ち越している。 (2)手操作:手操作とメンタルローテーションの研究については、Fribourg大学のFrick教授の協力を得ているが、手の動きのコーディングまで完成し、メンタルローテーションとの関係性を分析し終えている。身体の揺れを不器用さという視点から検討している研究(野田・落合,2020)とのジョイントを目指しているが、データ間の紐づけ作業が残されており、今後作業は続行していく予定である。 (3)身体の動きと表象との関係性:身体の動きが思考や表象の影響を受けていることは確かであるが、現在まで課題最中の手の動きや身体の動きに焦点化していた部分をさらに拡大し、身振りという側面から捉え直している。身振りとメンタルローテーションとの関連性が指摘されているが(Chu & Kita, 2008; Ehrlich, Levine & Goldin-Meadow, 2006;Goldin-Meadow,& Newcombe, 2013)、身振りや表象のあり方について、英米における認知発達の動向を広く知る上でも研究会(認知発達の基礎を学ぶ会)への参加・討議を行うなど知識の整理を行っている。
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今後の研究の推進方策 |
(1)年齢差・性差の検討:身体の動きをトラッキングすると課題の性質によるが、周期的に繰り返される動きが認められることがKinovea等の解析からわかってきた。本年度は既得のデータを用いて、動作解析を系統的にみた年齢の違いや性差へと視点を移すことにする。これにより、課題中の自然な(不自然ではない)動きへと発達的に進む姿を捉えることが出来ると予想できる。また、COP軌跡が障害児と大学生で大きく異なっていた事実から(野田,2021)、頭の揺れの軌跡が描く長楕円の特徴にも心内状態の違いが反映してくると考えられ、長楕円の分類を検討している。基本的な前提仮説はイメージ変換が充分に心内で実行出来る子どもであればあるほど、揺れは少なく長楕円の面積あるいは径は短くなるであろうと想定できる。 (2)時間軸を入れた3次元回帰直線の導入:長楕円の算出手順は前年度である程度は確立しているが、精度をあげかつ新たな視点を導入するために、座標データ(x,y)と時間の値(z)から仮想の3次元空間を構成し3次元回帰直線を得るという方法(推定軸検出ソフト)を用いる予定である。遅延時間による状態空間の再構成の手法ではない。開発には竹井機器工業の協力を得た。視点の位置や視野角を変えることで、データの相対的位置を変えることができ、長楕円の特徴を引き出すことを想定している。 (3)カオス性の検討:前年度までにアトラクターの存在までは確認した。今後は、状態空間内のアトラクターの特徴をカオス性という観点から記述する必要がある。また空間イメージを変換している際に現れる頭の動きに焦点を当てているが、その際の手操作、手の動きはどのように付随しているのかを合わせて検討することが必要になってくる。つまりアトラクターの崩壊や形成といった過程が、特に手の使用の有無やメンタルローテーション課題の成績と連動している可能性が高いと推測される。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナ過のために充分なデータサンプリングが出来なかった。また状態空間の再構成の作業は探索的な部分があるために予想外の時間がかかった。そのために予定していた予算の執行も翌年に持ち越す形となった。コロナ禍の動向は諸外国をみると収束の方向にあるようだが、国内においてはまだ先が正しく読み取れないのが実情である。 本年は、既存のデータ解析を中心に研究を進めていくことにする。前年度の内に状態空間の再構成への手続きは確立でき、データ内にアトラクター構造を確認できたので、身体のサンプリング部位には問題が無いと考えられる。今後は、取得データの画像分析を行い、マーカーによるトラッキング、状態空間の再構成、アトラクター構造の確認という作業を繰り返し、幼児(4,5,6歳)だけでなく、児童(7,8,9歳児)のデータ解析を行っていく予定である。また、新規導入したトラッキング座標に基づく推定軸のプログラムを用いて揺れの個人差、群差等を解析していく予定である。本年度は本来のカオス性の分析へと進めていくが、リアプノフ指数の算出などを通じて解析を行う予定である。当初から購入予定であった、「カオス時系列解析システム」あるいは「カオス複雑系解析プログラム」を導入し、技術的なアドバイス等のコンサルティングを受けながら、動きの中のカオス性についての分析を進めていく予定である。
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