研究課題/領域番号 |
19K11603
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研究機関 | 江戸川大学 |
研究代表者 |
野田 満 江戸川大学, 社会学部, 教授 (00636300)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | メンタルローテーション / 軌跡 / 動作 / 状態空間 / アトラクター / 非線形 / 最大リアプノフ指数 |
研究実績の概要 |
(1)複雑系、特に非線形と行動に関する文献研究:ダイナミカルシステム理論(Spencer et al.,2009)では、行為の不安定性から認知機能がいかに出現するかを示そうとしている。行為の時系列的変化は.システムのダイナミクスを変更することを意味するという立場を取っていた。一方で、実験的研究では最大リアプノフ指数(λ1)をアトラクタの軌道の「揺らぎ」と捉え(雄山,2006)、精神的免疫を示すいくつかの検証が行われてきた。また、胎児と母親の心音を指標とし、アトラクターや最大リアプノフ指数を用いて妊娠中の関係性を検討している(石山他,2018;Ishiyama et al.,2020)。また、Baron et al. (2012)やMaron et al. (2013)は、メンタルローテーション課題中のEEG指標を用いた。高空間知能群に比べ低空間知能群が低い最大リアプノフ指数を示した。またLongo et al.(2018)は両手課題を用いて、課題遂行中の加速度を測定したところ、両手の運動だけの条件に比べ、認知的負荷のある課題条件で最大リアプノフ指数が増加し、局所的ダイナミクス(local dynamic)の安定性が低下したことを示している。このように、生理レベルだけでなく行動指標においても、多岐にわたる非線形の成果が現れつつあることを確認した。 (2)非線形解析による探索的分析 身体的動きの安定性と不安定性が成績と関連するという仮説に基づき、カオス性を確認するためにメンタルローテーション課題遂行中の幼児の動きについて非線形解析を行った。映像データから試行別に切り出し、Kinoveaを用いて頭部の速度と加速度を算出した。得られたデータについて、探索的に、a)リカレントプロット,b)状態空間でのアトラクター,c)リアプノフスペクトラム,d)スペクトラム分析,e)自己相関を実施した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
・幼児のメンタルローテーション課題遂行中の頭部の揺れや動きに関する非線形分析 2021年度のコロナ禍の状況では、実験を行うことは極めて困難であった。それまでのデータを別利用することにした。非線形時系列分析の手法を導入し、課題遂行中の頭部の揺れや動きにカオス性を見出す検討を行ってきた。しかしながら、解析の適用性を先行論文を参考にしながら進めてきているので予想外に時間を費やした。 まず、メンタルローテーションによる方略を示した幼児数名を抽出した。課題では0,45,90,135,180度において対提示された刺激の異同判断を行っているので、映像データを各試行に切り分けると1条件で10通り得られる。それぞれの頭部の動きの速度と加速度を求め、非線形解析をした。スペクトラム解析からは加速度において、人間の身体固有の振動数と思われる低周波の振動が確認された。自己相関ではゼロへ収束したことからカオス性を備えていることが示唆された。またリカレントプロット分析では全体の質感が一様にはならず空間パターンも周期性は無く、非定常的かつ非周期的であった。分析した相関次元から状態空間上での時間遅れをτ=1~2とするのが妥当であると示されたので、τ=1を用いることとした。アトラクターを構成したところ、速度と加速度とが分類可能な形状として現れた(扇型とドーナツ型)。またリアプノフスペクトラムからは、ストレンジアトラクタが示されたが、中にはリミットサイクルとなるものもあった。これらのことから予備的かつ探索的に行ってきた非線形解析であるが、幼児の頭部の動きにはカオス性が充分に認められるものと推測された。直接、反応時間プロフィールと最大リアプノフ指数とを対応付けてみたところ、実際の反応時間が増大するに従い、加速度や速度の最大リアプノフ指数が増えていく傾向がみられた。勾配とともに負荷がかかっていることを示す資料を導けた。
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今後の研究の推進方策 |
(1)非線形解析の継続:現在までの進捗状況で述べたように、少数例を用いて探索的に非線形解析を行ってきた。意味のある結果が一部で現れてきているので、継続してサンプル数を増やし、安定した傾向を求める予定である。 (2)サロゲートデータ:また、統計的仮説検定を通じて、対象の振る舞いが決定論的カオスか、確率過程から生じていたかの検証を、サロゲートデータ法に基づいて行う予定である。現在、ランダムシャッフル法(RS)やフーリエ変換法(FT),アンプリチュード・アジャステッド・フーリエ変換(AAFT)の算出プログラムをMatlabで走らせ、サロゲートデータを仮作成出来ている。 (3)イメージ操作とぎこちなさ:身体的なぎこちなさが生じる前提にはいくつかの理由があるが、ぎこちなさと身体の不安定さとは関連していると考えている。既にイメージ操作能力とぎこちなさとの間には関連性があることがわかってきている(野田,2022)。こうした行動レベルでの現象と、揺らぐ身体あるいはそのカオス性とが相互に関連している可能性を検討していく予定である。スムーズで自然な無駄のない動きが、例えばリアプノフ指数の値に反映され、軌道不安定性の顕在化としてぎこちなさをを非線形性から説明出来ればと考えている。 (4)ぎこちなさと自己制御能力の日米比較:ぎこちなさと自己制御能力というものについて、アメリカ人の子どもは日本人の子どもとは異なる点や共通点が確認された(野田,2022,江戸川大学学内研究助成金研究成果報告書)。特に共通点では、ぎこちなさと実行機能とが同じ因子構造をもつことが認められた。そこから、自己制御能力(エフォートフルコントロールや実行機能)のあり方が、非線形解析による身体の揺らぎと関連するのではないかという仮説が生まれる。自己制御を社会適応という自己組織化の現れと位置付け、揺らぎとの関連性を検討していく予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナ過であったため、実際の子どもから新規の実験データを得ることが出来なかった。また、非線形の解析を行うにあたって、計算や理論の理解に多くの労力が必要であった。更に実際に予定していた国外での発表の機会もなく、国外の研究者との交流も充分なものがないままであった。 使用計画としては、①国内外の学術誌への投稿を予定している。専門分野の科学誌掲載を前提とした場合、オープンアクセス権を取得する上で出版費がかかるだけでなく、英文校閲費もかかってくる。②また、安定したデータを得るためには、サンプル数を増やさなければならない。データの区分けなどの下準備に要する作業に関して、作業内容に習熟した人材に依頼することも検討している。③また、新たにデータ取得が可能になった場合は、それまで非線形解析に特化した実験デザインではなかったので、非線形性抽出に特化した計画を実行する必要があると考えている。当然、アシスタントの学生動員や、実験機器の充実が予定される。④万が一、国外での学会あるいは研究会が可能であるならば、ある程度の研究成果を発表し、特に非線形に関する知見のある研究者との交流を持つことが有益と考えている。⑤既に日米比較を行ってきているが、器用さと無駄のない揺らぎとの関連性が高いことを踏まえ、「器用な日本人」への理解を深めるために、行動レベルの違いを米国だけではなく他の国との比較もあわせて検討していきたい。
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