研究課題/領域番号 |
19K11603
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研究機関 | 江戸川大学 |
研究代表者 |
野田 満 江戸川大学, 社会学部, 特任教授 (00636300)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | メンタルローテーション / 非線形 / 動作 / カオス / アトラクター / 自己制御 / 不器用さ / エフォートフルコントロール |
研究実績の概要 |
(1)非線形と行動発達に関する研究: 昨年度から引き続き、幼児期におけるメンタルローテーション最中の頭部の動きを捉え、イメージ変換との関係性を探求した。動作解析から得られた時系列データに基づき、非線形解析を行うことでイメージの操作のあり方とカオス性のレベルとの対応関係を確認した。ただし、分析作業の複雑性から実施した参加児は数例にとどまっている。 負荷のかかる状況でリアプノフ指数が高くなることは、ある意味で注意の集中や認知的な努力が払われていたのではないかと予想された。また試行ごとにアトラクタが構成されることから、各試行での周期性からカオス性への移行のあり方を捉えることが出来た。成果は一部、発達心理学会大会(2023)で発表した。一方で、成人及び児童における微細運動や粗大運動が行われる際の運動解析を通じて、カオス性の確認を行った。メンタルローテーション課題での身体の動きではなく、ビーズ通し課題やウクレレ演奏での微細な動きが求められる際にも、カオス性が認められ、特に身体の動きが加速される際に生じることを突き止めた。これは大学紀要論文(2023)として発表した。 (2)自己制御との関連性:課題を行う際にも未熟さや不器用さのために安定した軌道から動きが逸脱したり不安定となることが予想される。これにより、幼児期の身体の動きの背景には、発達のみならず、自己制御が関与しているのではないかと想定された。器用さ-不器用さとエフォートフル・コントロール(EC)や実行機能(EF)とが関連することは検証されたが(野田,2022)、ECとEFは同じ構成概念ではないかという主張もある(Schmidt,2021;Zhou,2012)。こうした主張が異なるのは対象年齢や実施国による何かが違いをもたらしていたのではないかと考えた。そこで、4か国の不器用さ、EC,EFに関する国際比較調査を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
(1)非線形と行動発達に関する研究: 成果の一つはメンタルローテーションを示した参加児において、メンタルローテーション課題での同試行で勾配とともに最大リアプノフ指数(λ1)が有意に増大することがわかった。つまりイメージ変換が困難になるに従い、心的に不安定になり、頭部の動揺つまり運動軌道の不安定な変化が起きやすくなったことが推測された。ただし、大きな角度における試行内の反応時間が長くなり、それに伴う運動解析サンプリング時間が長くなったことで、不安定要素を取り入れるチャンスが増えたのかもしれない。いずれにしても勾配に従い初期敏感性が高くなることが示された。また頭部の動きが持つ周期を検討したところ、勾配に従い、周期的リズムから準周期そしてカオス性へと変化することが確認できた。一部は発達心理学会(2023)で発表した。更に、イメージ課題だけでなく、ビーズ通しやウクレレ演奏での手の動きにおいても、周期性の検討からカオスへの変化を調べたころ、上記と似た結果を得た。手の細やかな動きが求められる運動部分では、課題遂行をする上で、指先の動きの加速等が調整されたことから、状態空間に構成したアトラクタにおいて特殊な「よどみ」が見いだされた。その性質についてまだ充分にはわかっていない。 (2)自己制御との関連性:日本、米国、フィリピン、ドイツの4か国の自己制御並びに不器用さの関連性を調べた。既に、ECとEFとが異なる構成要因であり、不器用さがECとやや強い関連性が見いだされてきたので(野田,2022)、共分散構造分析の確認的因子分析モデルを適用し、4か国のモデル間の差異を検討した。モデルの適合性及び日本との配置不変性の確認を行ったところ。ドイツを除き概ね良好な値を得た。興味深い結果として、ECから不器用さへのパス係数が日本とフィリピン、並びに米国とドイツでそれぞれ似た数値を取った。
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今後の研究の推進方策 |
(1)非線形と行動発達に関する研究: イメージ変換のひとつであるメンタルローテーションにおいて、周期性からカオス性への移行が、より一般的な事象であるのか検討することが、当面の残された課題である。具体的には、未整理の既得データがあるので、多くの子どもで検証作業を行う予定である。また、報告したように他の認知課題でも類似の結果が確認されてきているので、より普遍的な事象への検証も検討中である。 また、ビーズ通しやウクレレ演奏でのアトラクタに現れたよどみの存在が、メンタルローテーション遂行中でも観察されるか確認が必要と考えている。つまり、一次的なよどみが身体的な動きの調整を表すならば、イメージ操作においてどのような働きがあるのか究明する必要があると考える。 (2)自己制御との関連性(日本、米国、フィリピン、ドイツの比較から): ECはそもそも気質を中心とした自己制御の構成要因である。また、EFは中央実行系に由来し、ECとは領域が異なる構成要素である。ただし質問内容の類似性は否めない。今回のモデル比較の結果、ECから不器用さへの影響が、東洋と西洋で異なる傾向を示すものとなった。極めて興味深い新たな発見といえる。よって、各国間あるいは東洋と西洋のどのような違いが、この相違を反映するに至ったのか検討する必要性があると考える。取得した比較データが示すモデル間のパス係数や相関等の比較検討により、動きに対する自己制御の点から、詳細なモデル間の比較を精査し、文化間比較を行う予定である。また、動きの不自然さの指標として不器用さを測定したが、不器用さとイメージ操作能力との関連性を明らかにしておく必要があると考える。また、必要な場合は、他の分析モデル(例えばGaron et al.(2016)の実施したマルチレベル線形分析)等も視野に入れて検討していく。更に、年度内にジャーナルへのアプライを検討している。
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次年度使用額が生じた理由 |
過年度における研究の停滞の原因として、コロナ過のための充分なデータ収集が出来なかったことに加え、従来のフィールドでのサンプリングが困難となったことが上げられる。また、ジャーナル論文の要求するデータ数の水準に達しなかったことも要因のひとつである。それ故、新たな手法として、昨年度はクラウドソーシングによる、子どもの不器用さと自己制御に関する国際比較調査に切り替えた。従来より、大学内の研究助成により進めてきた研究成果に基づき、日本人の器用さがどこからくるのかという新たな視点を取り入れ研究を進める方向とした。本報告の通りにエフォートフルコントロールの器用さへの影響が、西洋と東洋との違いに関連していたという予想外の新しい発見につながった。本研究で用いてきた器用さの項目は身体運動面に限定しているが、道具使用という側面を拡大して、再調査するという方向を検討している。前年度までと同じく、まず日本人データを取得し、次に国際比較をすることで道具使用の得手不得手が、自己制御といかに結びつくか明らかにすることを計画している。また、不器用さとイメージ操作との直接的な関係性についてはまだ充分に明らかとなっていない点について、感染対策の緩和に伴い、学校あるいは保育園からリクルートした子どもにイメージ課題を直接実施してもらい、その上で保護者評定との比較を行うことを予定している。
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