研究課題/領域番号 |
19K11621
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
久代 恵介 京都大学, 人間・環境学研究科, 教授 (60361599)
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研究分担者 |
小高 泰 国立研究開発法人産業技術総合研究所, 情報・人間工学領域, 主任研究員 (10205411)
山本 真史 日本福祉大学, スポーツ科学部, 准教授 (40736526)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 身体 / 運動 / 空間 / 認知 / 見積り |
研究実績の概要 |
我々は重力空間内で身体を動かし目的の行為を達成させている。日常生活でおこなう身体運動の多くは、これまでの運動経験を通した学習により高度に洗練されており、目的の行為を正確かつ効率的に達成させることができる。身体運動は環境や状況の変化に対して柔軟で巧みに制御されるため、ヒトの能力としての「運動のうまさ」を定量的に評価することは容易ではない。本研究プロジェクトは、ヒトがもつ「運動のうまさ」について、普遍的な定量評価法の獲得を目指して開始された。身体周辺に存在する物体に手を伸ばして操作する際、我々は身体と物体との空間的な関係性をもとに目的の運動を行えるかを判断する。しかしながら、我々の身体周辺の環境は動的要素を含み、身体と操作対象物との空間的関係性は時々刻々と変化することが多い。我々は、そのような動的環境に対する運動行為達成可能性を見積る能力が「運動のうまさ」を表現するのではないかと考えた。このような考えのもとに「運動のうまさ」の表現方法を模索した結果、我々は『認知運動空間』の概念を着想した。『認知運動空間』とは、運動行為達成の可能性が身体周辺空間に広がる様子を定量的に表したものである。当該年度はこれに関わるヒト行動実験を遂行した。実験では健常成人を用い、上肢による選択到達運動課題をおこなわせた。身体から異なる方向と距離に存在する複数の標的に対する選択性を調べた。その結果、2つの標的が位置する方向の違いにより、それらが同じ割合で選択される距離に大きな偏りが生じることがわかった。このことは、主体が内的に表象する周辺環境への動的な運動見積りは、身体からの方向に依存して不均一に広がっていることを示唆した。今後さらに調査を進め、『認知運動空間』の定量を通した「運動のうまさ」について、より深い理解を目指したい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究プロジェクトの目的は、運動行為達成可能性を内的に表象すると考えられる『認知運動空間』の定量評価を通じて、ヒトがもつ能力として一般化された「運動のうまさ」の表現方法を獲得することである。これを実現するために3つの課題を設定した。 1)『認知運動空間』を定量的に評価する。 2)『認知運動空間』の生成に影響を及ぼす要素を調べる。 3)『認知運動空間』を操作し運動の質向上の可能性を探る。 これらの研究課題において、当該年度は(1)に関するヒト行動実験を実施した。実験では健常な成人12名を用いた上肢の到達選択早押し課題を実施した。座した参加者の身体前方の運動開始点から、前方および左右45°の各方向にレールを配置し、前方のレール上において上肢最遠到達位置の30%(Near条件)および70%(Far条件)の地点に基準点となる標的を配置した。左右45°のレール上に配置した標的の距離を調節し、前方の基準点との選択性が50%となる地点(等価距離)を計測した。これにより、運動の選択性が距離と方向の要因によりどのように影響されるかを評価した。解析の結果、Near条件における運動選択性の等価距離は、右方向では前方および左方向より有意に長く(p < 0.05)、また前方では左方向より有意に長かった(p < 0.05)。一方、Far条件では、左方向が前方および右方向より有意に短かった(p < 0.05)。以上より、運動の選択性は身体からの方向と距離により異なり、距離に依存した均一な広がりをもたないことがわかった。このことは、運動により周辺環境にはたらきかける際、身体からの方向に応じて変化する主観的な運動の難易性にもとづいて運動がおこなわれると考えられ、換言すれば『認知運動空間』が身体周辺に歪んだ形状で存在していることが示唆された。今後はさらに解析を進めるとともに、次の課題に取り組んでいきたいと考える。
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今後の研究の推進方策 |
プロジェクト2年目は、前年と同様にヒト行動実験を通して身体周辺空間に広がる『認知運動空間』の定量評価をおこなう。これに加え、『認知運動空間』の形成に影響を及ぼし得る要素について検討をおこないたいと考えている。ヒトの身体的および心理的特性は個体や状況により異なっており、このことが自己の運動見積りに及ぼす影響は小さくないことが想像される。近年我々がおこなった実験では、身体周辺の視覚対象物(壁)の遠近に由来する意識にはのぼらない心理状態の違いが、上肢運動の速度プロファイルを変化させる現象を見出した。このように、心理的および身体的な条件に依存する『認知運動空間』の性質に着目し、調査を進めたいと考える。本年度はこれらの実験と解析を通して、自己がおこなう運動行為の見積りが中枢ではどのように認識されているのかについて、より深い理解を得たいと考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究の実施方法が詳細に定まっていく段階となってから必要となる機材や物品の一部が変更となったため。
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