本研究で使用する人間の認知や判断に関連するP300は,その振幅や潜時が個人差や年齢,タスク難易度によって変化するだけでなく,自発脳波に重畳して出現するため視認することは困難である。近年では学習によって特徴量を獲得できるディープラーニングが分類問題等に使用されているが,十分な量のデータを早急に収集することは難しい。そこで,P300を含む事象関連電位が心理学や臨床といった分野で広く利用されていることから,本研究では臨床データを用いて学習したネットワークによる転移学習を利用した。その有用性が認められればブレインコンピュータインタフェースにおけるP300利用の可能性を広げることができると考える。ここでは,転移学習が標的文字の推定において適用可能であるか判別精度の観点から検証した。 本研究では,臨床データとして聴覚刺激によるオドボール課題で得られた脳波を使用して,4つの文字の中から1つの文字を入力する実験を行った。ここで,文字はランダムに一文字ずつ点灯し,被験者に入力対象の文字の点灯回数を数えるタスクを課した。臨床データと実験データの取得では計測環境,タスク難易度等が異なり,P300の頂点潜時に差が認められた。そこで,再学習やテストデータの入力時に実験データの頂点潜時を臨床データの頂点潜時方向にシフトさせることで近づける潜時補正を行った。結果として,潜時補正を用いることで,7.1%の有意な精度向上が認められた。シフト量は,臨床データと実験データの全加算波形間の相関係数が高い正の相関を示す場合において,有意な精度向上を示した。よって,ネットワークへの入力波形の時間シフトを適切に行うことで,計測環境などの条件が異なる場合であっても臨床データを用いた転移学習により,少数データで高精度の入力インタフェースを実現できることが示唆された。
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