本年度は,大脳皮質に相当する長期記憶を担うネットワークにおいて,破局的忘却を抑制する新たな手法についての研究を中心に実施した. 最終的な記憶の貯蔵庫である大脳皮質では,新規な情報が次々と蓄えられていく.しかし,人工的なニューラルネットワークで新規な情報のみを学習させると,それまでに学習した情報をひどく忘却してしまう,破局的忘却という現象が生じる.これを防ぐ最も簡単な方法は,新規な情報を学習する際に,それまでに記憶した情報も一緒に学習させることであるが,過去に学習した情報をすべて保存しておくことは現実的ではない.そもそも人間はこのような学習をせずとも,破局的忘却を生じることはない.我々人間の脳がこの忘却をどのように回避しているかは未解明の問題である.今年度の研究では,破局的忘却を抑制する一つの方法として,生成モデルを用いる手法の研究を行った.この手法では,生成モデルの学習によって,過去に学習したデータが生成され,それを新規な学習データと一緒に学習させることで破局的忘却を抑制する.過去のデータは生成モデルによって生成されるため,保存しておく必要はない.また,このようなモデルにおいて,データの覚えやすさと忘却のしやすさとの関係を調査した.その結果,覚えやすいデータほど,後の学習によって忘却されやすいということがわかった.これを利用して,学習の時点で予測した忘却しやすいデータを生成モデルに重点的に学習させる方法を考案し,忘却の抑制に効果があることを明らかにした. 研究期間全体を通して,スパキングニューラルネットワークにおける破局的忘却の抑制手法,新しい教師あり学習法を考案しその有効性を示すとともに,海馬CA2を導入した新しい海馬モデルによって,複雑なエピソードの記憶及び想起が可能となることを示し,人間の記憶の形成過程を工学的に模倣するモデルの基礎としての成果が得られた.
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