研究課題/領域番号 |
19K12190
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研究機関 | 明治大学 |
研究代表者 |
梶原 利一 明治大学, 理工学部, 専任准教授 (60356772)
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研究分担者 |
冨永 貴志 徳島文理大学, 神経科学研究所, 教授 (20344046)
高島 一郎 国立研究開発法人産業技術総合研究所, 情報・人間工学領域, 上級主任研究員 (90357351)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 動物行動実験 / ラット / 嗜好性 / 嗅周囲皮質 / 条件付け |
研究実績の概要 |
本研究では,嗜好性表出の脳内神経機構を,齧歯類の聴覚系に着目して明らかにすることを目指した.特に,聴覚入力に対して生じる「嗜好」が,知覚・記憶のプロセスを経て形成される「親密度」と結びつく可能性(後天的に獲得される嗜好)に着目し,神経行動・生理・解剖・薬理学的な手法を駆使して研究を進める計画とした.その第一歩として,ある種の音の「好み」が,生得的な要因により生じるものなのか,あるいは,後天的な要因によるものなのかという問題に取り組んだ.その際,動物の行動評価の際に用いる飲水報酬が,その後の選好行動に後天的な影響を与える可能性に着目して,行動実験パラダイムを構築した.ラットが,U字型ならびにM字型迷路下において,両端に提示される異なる音源を自発的に選択した行動を調査した結果,白色ノイズ音源とViolin音源には,ラットが生得的に好まない成分が含まれていることが示唆された.また,薬理学的解析,電気生理学的解析を行うための専用の行動実験系の構築に臨んだ.構築した実験系の評価を行うため,報酬待機行動課題を用いて,側坐核へのムシモルおよびドーパミン拮抗薬の注入実験を行い,それぞれの薬液が,ラットの待機行動に影響を及ぼすことが確認できた.また,「親密度」に関わる処理を担う可能性が示唆されている嗅周囲皮質について,聴覚野や前頭皮質と海馬との間に位置して,どのような役割を担っているのか?を脳スライスの膜電位イメージングにより解析し,in vivo行動下での神経活動の薬理阻害実験に活用するための知見を得た.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
二種類の異なる音が提示される二者択一式迷路において,ラットが(1)音色の識別を行えるのか,また,(2)異なる音色に対して選好行動を示すのか,を調査するための行動実験系を完成させた. 音色識別行動実験では,音色のみ異なる6種類の音源(1種はノイズ)のうち,3種を報酬あり群,残りの3種を報酬なし群,として学習行動を解析した.その結果,すべてのラットが,75%以上の高い成功確率で,報酬あり群を選択できること,つまり,音色に対して,高い識別能を有していることが確認できた. 嗜好性行動実験では,まず,新奇な音として上述の6種の音源を3種ごとに分けて提示した場合,ノイズが含まれている3種音での選択課題では,ノイズを顕著に避けることが判った.また,ノイズが含まれない3種音の課題では,Piano音を好み,Violin音を好まない傾向が認められた(n=12). Violin音については,生得的にラットが好まない成分が音源に含まれている可能性がある.次に,6種のうちノイズを含む3種の音色に対して,飲水報酬を強化子として与えたラットについて,同様の聴覚嗜好性行動解析を行った.その結果,明らかに飲水報酬と結びつける識別がなされている段階であるにも関わらず,ラットはノイズを極端に避ける行動を示した.一方,報酬なし群として条件付けられたViolin音については,選好性が高まるという変化が認められた.報酬ありとして学習したノイズ音との「親密度」が影響したものと推測した. また,嗜好性および親密度との関連が想定される脳部位として嗅周囲皮質に着目し,脳スライスの膜電位イメージング解析を行った.その結果,35野の深層領域が海馬との情報伝達に不可欠であることが示された.
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今後の研究の推進方策 |
昨年度までに行った聴覚嗜好性行動実験から,音色の違いがラットの選好行動に影響を及ぼし得る可能性が見出された.今年度は,提示音のスペクトログラム解析を行い,これまでに得られた音の選好行動が,音源のどのような物理的性質の違いによるものなのかを明らかにする.また,新奇に提示された音と,報酬体験が結び付けられた後に提示された音では,選好パターンが異なる可能性が示された.それぞれの音源について,過去に体験した音色識別課題での学習成立の強さと選好度の相関を解析し,報酬体験の強さが提示音の嗜好にどの程度,影響を及ぼしているのかを検討する. さらに,嗅周囲皮質の脳スライス実験から,35野の深層領域が海馬との情報伝達に不可欠であることを実証した.in vitro下で得られた知見をもとに,眼窩前頭皮質に加えて,嗅周囲皮質35野も対象にした,ムシモル注入やニューロン応答計測の実験系構築に着手する.
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次年度使用額が生じた理由 |
緊急事態宣言発令に伴い,所属機関の活動制限指針レベルが上がり,行える実験の種類が制限された.1日に長時間集中して作業する必要のある薬液注入用カニューレやニューロン応答記録電極の慢性的な埋め込み処置や,麻酔下における神経活動計測などである.一方で,最大3時間で終了させることが可能な行動実験については,活動制限指針内で行なうことができたため,例数が増え,音色の違いがラットの選好行動に影響を及ぼし得る可能性が,より確実なものとなった.次年度は,当初予定していた電気生理実験系の構築と同時に,今回得た行動実験結果を詳細に吟味するために,提示音の詳細なスペクトログラム解析を行う環境構築に予算を割く予定である.
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