研究課題/領域番号 |
19K12321
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
井倉 正枝 京都大学, 生命科学研究科, 研究員 (40535275)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 線量率効果 / アセチル化シグナル / 多様性 / エピジェネティクス / TRRAP |
研究実績の概要 |
放射線の生物学的効果で、極めて興味深い現象の一つに線量率効果がある。同一の吸収線量であるのに、その線量率の違いで生物学的効果が、なぜ大きく異なるのか、その違いを生み出す分子基盤については未だ不明な点が多い。本課題では、TIP60などアセチル化酵素複合体の構成因子であるTRRAPに着目し、TRRAPを介したアセチル化シグナルとH2AXのリン酸化の連携システムの違いを明らかにし、線量率効果の違いを見定める分子基盤を構築することを目的とする。本年度は、高線量率と低線量率でH2AXのリン酸化に対するATMとDNA-PKcsの優位性が異なり、高線量率では、主にATMが、一方、低線量率では、DNA-PKcsが、H2AXのリン酸化を担うことを示唆する結果をもとに、まずはTRRAPのノックダウン細胞、そしてアセチル化を阻害した細胞におけるGFP-DNA-PKcs発現細胞を用いてDNA-PKcsのDNA損傷領域での挙動についてFRAPとmicro-irradiation法を用いて検討した。先行研究により、DNA-PKcsは、DNA損傷部位への結合と離脱を繰り返す、ダイナミックな挙動を示すことが知られており、このダイナミックな挙動は、正確なDNA修復反応に必要であることが報告されている。今回、TRRAPのノックダウン細胞、およびアセチル化を阻害した細胞においてGFP-DNA-PKcsのDNA損傷部位へのダイナミックな結合が抑制されることが明らかになった。またこのDNA-PKcsのダイナミックな挙動は、DNA-PKcsの自己リン酸化に依存することが知られていたが、我々の見出したTRRAPを介したDNA-PKcsのダイナミックな挙動は、このリン酸化には依存しないことが示され、DNA-PKcsの新たな制御機構の存在が示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、FRAPとmicroirradiationを組み合わせた単一細胞におけるGFP-DNA-PKcsの挙動を観察することが可能になった。これまではYFP-DNA-PKcsを用いた実験を行なっていたが、我々の使用している顕微鏡の感度では、FRAP解析に困難を伴っていたため、タグをGFPに変更した。このことにより格段に感度が上がったことで、良好な結果を得ることができるようになった。また、CRISPR-CAS9のシステムによるクロマチン免疫沈降法を立ち上げ、DNA-PKcsのDNA損傷領域への集積を確認した。さらに、TRRAPのノックダウンおよびTIP60によるH2AXのアセチル化の阻害によるGFP-DNA-PKcsの挙動の抑制をクロマチン免疫沈降法によっても検証することができた。今回、PCAFとGCN5について、線量率の違いによってTRRAPとの結合に違いが見られるか否かの実験は、遂行することができなかった。次年度で展開したい。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、本年度に遂行できなかったPCAFとGCN5に関して、異なる線量率でTRRAPとの結合に違いが見られるか否かの実験を行うと共にGFP-DNA-PKcsを発現させた野生型およびTRRAPのノックダウン細胞に低線量率放射線照射(1.33mGy/min, total 3Gy)および高線量率照射を施して、FRAPを用いたバイオイメージング解析で比較検討する。さらにCRISPR-CAS9システムによるクロマチン免疫沈降法を用いて、線量率の違いによってDNA-PKcs及びATMのDNA損傷部位への結合能の違いを野生型およびTRRAPのノックダウン細胞で比較検討する。さらにこれらの知見を元に異なる線量率でアセチル化シグナルを阻害した時に、変異率にどのような影響をもたらすのかについてHPRT遺伝子の変異原解析を行い検証して行く予定である。この結果を元に同条件でcolony formation assayを遂行し、低線量率放射線障害におけるがん化シグナルへの影響も合わせて解析していく。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度のクロマチン免疫沈降法による解析やウェスタンブロッティングで使用していた抗体が、製造中止となり、ほかの抗体について検討したが、良好な結果を得ることができず、急遽、自前で抗体を作製する必要が生じた。またクロマチン免疫沈降に使用できる抗体の力価が、使用予定の抗体では、賄うことが不可能である可能性が生じ、別の抗体での検討のための予算の確保が必要となった。これらの事情により次年度に繰り越した。
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