本課題では、TIP60ヒストンアセチル化酵素複合体の構成因子であるTRRAPに着目して、放射線の線量率の違いによって、いかにゲノムストレス応答の多様性が生み出されるのか、その仕組みを明らかにすることが目的である。TRRAPをノックダウンした細胞では、放射線照射による DNA損傷によるガンマH2AX(リン酸化H2AX)へのインパクトは、低線量率の方が、高線量率のDNA損傷よりも大きい。このことはH2AXのアセチル化が、主に低線量率のDNA損傷応答に関与することと合致している。我々は、TIP60によるH2AXのアセチル化は、H2AXが損傷クロマチンから放出されてから起きることを数理モデルで実証した。一方、TRRAPをノックダウンした細胞に低線量率での放射線を暴露させると、H2AXのアセチル化は、コントロールの細胞と比較してむしろ亢進しているという結果を得た。この結果は、TRRAPが、損傷クロマチンへのTIP60の結合を促し、H4のアセチル化を促進させる、言わば、損傷クロマチンへのリクルーターとして機能があるという先行研究の結果と一致しない。今回我々は、アセチル化されたH2AXにTRRAPと同じファミリータンパク質であるDNA-PKcsが、自身のブロモドメインを介して結合するという他のグループが見出した知見に着目し、その知見を独自に検証し、その結合活性を確認した。TRRAPを細胞内でノックダウンするとDNA-PKcsのクロマチンとのダイナミックな結合が抑制され、さらにH2AXのアセチル化が亢進し、予想外に相同組み換え修復が抑制されることを見出した。DNA-PKcsは、これまでの研究ではNHEJに関与すると考えられてきたが、これらの結果を考え合わせると、DNA-PKcsは、線量率の違いによって異なった役割があり、その違いを生み出しているのがTRRAPである可能性が高いと考えられた。
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