放射線被ばくによる健康影響として発がんがよく知られているが、放射線発がんの分子メカニズムの全貌は未だに未解明のままで、発がんに関連するドライバー変異も、十分に同定されるに至っていない。唯一、放射線起因の小児甲状腺がんでは、高頻度に見られるドライバー変異として、RET/PTC等の遺伝子融合型変異が報告されているが、これらの発がん変異が、放射線被ばくにより直接誘起されたかどうかは定かではなく、その検証なしには、放射線発がんの分子メカニズムや放射線発がんリスクモデルの科学的妥当性の議論はかなわない。本研究では、『放射線誘発の発がん変異は被ばく特有のゲノム・エピゲノムシグニチャーを留める』との仮説を、本研究課題の核心をなす学術的「問い」として位置づけ、正常ヒト甲状腺濾胞由来培養細胞を用いて、放射線照射によって実験的に直接誘発された遺伝子融合型発がん変異においてこれを検証した。 これまでに、正常ヒト甲状腺濾胞細胞に、1~10 Gyまでのγ線を照射、10^3個の細胞毎にサブグループ化し、精製したmRNAをcDNAに変換後、融合遺伝子の両側に設定したプライマーを用いて、SYBR Premix Ex Taq IIによる定量的Real-time PCRにより融合遺伝子の発現が確認されたクローンから、融合遺伝子領域をKOD FXにより増幅し、ExoSAP-IT PCR clean-up reagentにより精製した後に、Big Dye Terminator sequencing kit version 3.1を用いてにより塩基配列を決定した。解析の結果、RET遺伝子とPTC1あるいはPTC3遺伝子との融合が示唆され、放射線被ばくに起因する考えられるゲノムシグニチャーが抽出されたが、被ばくに特有のエピゲノムシグニチャーの有無は明確には検出されず、更なる解析が必要である。
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