本研究は、低線量率放射線は、細胞集団にまばらに当たることで細胞競合を引き起こし、ダメージを受けた細胞が排除されることによって発がんリスクが低くなっている、という仮説を検証することが目的である。蛍光タンパクであるGFPもしくはDsRedの一方を発現する遺伝子組換えラットから単離した乳腺細胞を1:800~1:2000(GFP:DsRed)の割合で混合し培養を行った。マイクロビームを用いて細胞集団中の少数のGFP発現細胞のみに2Gyを照射する「Spot照射」、また細胞集団中の少数細胞を含めた領域に2Gyを照射する「Broad照射」を行うことで、低および高線量率放射線による細胞へのまばらな、または全体的な照射を再現した。その後3時間ごとに最長171時間のタイムラプス撮影を行って照射された細胞を追跡し、細胞の消失(蛍光の消失によって判定)までの時間を測定した。その結果、Spot照射、Broad照射、非照射を比較したところ、1回目の実験ではSpot照射された細胞が非照射よりも有意に早く消失したが、消失までの時間には細胞間に大きなばらつきがあった。2回目の実験では有意な差が見られなかった。以上の結果より、培養ラット乳腺細胞の2Gyマイクロビーム照射実験では、放射線が細胞競合を引き起こす効果は、もしあったとしても細胞間の大きなばらつきと比べて顕著な効果ではないと結論した。さらに、変異遺伝子を持つ少数の細胞が多数の健康な細胞の中にある状況で、多数の細胞が放射線に被ばくしている場合(高線量率)といない場合(低線量率)で細胞競合の働き方が変わるのかを評価できるようにするため、CFP蛍光タンパクを発現するTp53-/-またはTp53+/-変異ラットおよびCFPを発現しない野生型ラットから乳腺細胞を単離し、様々な比率で混合して培養しタイムラプス撮影をする技術も開発した。
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