研究課題/領域番号 |
19K12337
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研究機関 | 国立感染症研究所 |
研究代表者 |
藤本 浩文 国立感染症研究所, 品質保証・管理部, 室長 (60373396)
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研究分担者 |
小池 学 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構, 放射線医学総合研究所 重粒子線治療研究部, 上席研究員(定常) (70280740)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | Ku70 / 核移行シグナル (NLS) / Importin / 分子シミュレーション / アセチルリジン |
研究実績の概要 |
電離放射線や代謝によって生じるDNA損傷のうちDNA二本鎖切断 (DSB)は最も重篤な損傷の一つである。KuはDSB末端を認識・結合し、DSB修復経路の一つであるnon-homologous end-joining (NHEJ)過程を開始するタンパク質であるが、そのサブユニットであるKu70はNHEJ過程における機能以外に様々な核内/核外の細胞機能に関与していることが報告されている。このような多機能性を発揮するためには、Ku70の細胞内局在を正確に制御する機構が不可欠であると予想されるが、そのメカニズムは明らかになっていない。最近、アセチル化のターゲットとなるリジン残基が集中して存在する領域にKu70の核移行シグナル (NLS)が含まれることが報告された。本研究では、NLSを含む領域におけるリジン残基のアセチル化、脱アセチル化がKu70の細胞内局在を調整するスイッチとなっているのではないかという仮説を、主に分子細胞生物学的、計算化学的手法を用いて明らかにしたい。 昨年Ku70のNLSと予想される領域に存在するリジン残基をグルタミン、もしくはアルギニンに置換したEFGP-Ku70融合タンパク質を培養細胞内で発現させ、細胞内におけるKu70の局在を観察することで、Ku70の核移行に関与する可能性のあるリジン残基を同定した。 本年は、Ku70のアセチル化の標的となるリジン残基が存在する、NLSと予想される領域を含むペプチド鎖を実際に合成し、核輸送タンパク質であるImportin-αとの結合力をpull-down法、およびBLI(Bio-Layer Interferometry)法を用いて測定した。その結果、両手法から得られた測定値は、昨年分子シミュレーションによって推定された両分子間の結合力と強く相関していることが確認された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
タンパク質の翻訳後修飾の一つであるリジン残基のアセチル化は、側鎖が持つ正電荷が消失することで分子間、もしくは分子内の相互作用を変化させるスイッチとして機能すると考えられる。しかし、リジン残基のアセチル化、もしくは脱アセチル化の生物学的効果を実験的に検証する場合、タンパク質中のリジン残基を個別にアセチル化することが困難であることから、リジンをグルタミンに置換したKQ置換体をアセチルリジンのモデルとして、また、リジンをアルギニンに置換したKR置換体を非アセチルリジンのモデルとして用いることが多い。 本年度はKu70のNLSが存在すると予想される領域の5カ所のリジン残基をアルギニン置換、およびグルタミン置換したペプチド鎖を合成し、核輸送タンパク質であるImportin-αとの結合力をpull-down法、およびBLI(Bio-Layer Interferometry)法を用いて測定した。その結果、いずれの手法を用いた場合でも、野生型、もしくはKR置換体と比較して、KQ置換体とImportin-αとの結合力が有意に低くなることが判明した。また同時に、5カ所のリジン残基をアセチルリジンに置換したペプチド鎖を合成して同様の実験を行ったところ、アセチルリジン置換体とImportin-αとの結合力が、KQ置換体ーImportin-α間の結合力よりは強く、野生型やKR置換体とImportin-αとの結合力よりは弱いことが判明した。この結果は、昨年度分子シミュレーションによって得られた結果と一致しており、計算結果の妥当性が示されたと考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
昨年度、N末端側にEFGPを配したKu70の融合タンパク質を培養細胞において発現させると、野生型Ku70やKR置換体は細胞核に局在するのに対し、Ku70NLSのリジン残基をKQ置換すると核局在性が失われるという実験結果を得た。野生型のKu70NLS、もしくはKR置換体と比較して、KQ置換体とImportin-αとの結合力が低くなることから、細胞におけるKu70の核移行はImportin-αとKu70NLSとの結合力の違いによって制御されているのではないかと推察される。さらに、Ku70NLSアセチルリジン置換体とImportin-αとの結合力が、野生型NLSやKR置換体とImportin-αとの結合力より低くなることから、Ku70のNLSのリジン残基がアセチル化されるとImportin-αとの結合が弱くなることで細胞核への移行が進まなくなると考えられ、Ku70タンパク質の核移行がKu70NLS中のリジン残基のアセチル化によって制御されている可能性が示唆される。本年度は以上の結果をまとめ、論文を投稿したいと考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルス感染症罹患防止のため共同研究者との打ち合わせがオンラインで行われることが多くなり、また、学会等での発表機会が減ったため主に旅費に残額が生じた。
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