ヒトにおけるヒ素のメチル化代謝はこれまでヒ素の解毒機構と考えらてきたが、申請者はこれまでメチル化ヒ素の一つであるチオ-ジメチルアルシン酸(Thio-DMA)によって染色体数異常が誘発されることを明らかにしている。染色体数の異常は多くのがん細胞にみられる特徴であることから、本研究では、Thio-DMAがどのように染色体数の異常を誘発するのか、また染色体数の異常ががん化の引き金になるのか解明することを目的に研究を行った。 申請者はThio-DMAによる染色体数異常の獲得に紡錘体チェックポイントの活性化が関与することを明らかにしているが、2019年度はThio-DMAがどのような機構によって紡錘体チェックポイントを活性化しているのか解析した。その結果、Thio-DMAは細胞内のグルタチオン存在下で微小管の重合を阻害することで紡錘体チェックポイントを活性化することを明らかにした。2020年度はThio-DMAに曝露した肺線維芽細胞をクローン化し、クローン化直後および長期培養後の染色体数異常の変化を調べた。その結果、Thio-DMA曝露クローンの中には、異常な染色体数を保持したまま生存し続けるものの他に、新たな染色体数異常を示すなど、染色体数不安定性の性質を獲得するものが出現する可能性を明らかにした。また2021年度と2022年度は、これら異常な線維芽細胞が、がん関連線維芽細胞(CAFs)の性質を獲得するのではないかとの仮説のもと、CAFの可能性について検討した。その結果、一部のクローンで不完全ながらもCAFの性質を獲得するものが出現する可能性を見出した。さらにThio-DMA曝露クローン自身ががん細胞の特徴でもある走化性・浸潤性を獲得するのか検討し、Thio-DMA曝露クローンの一部に走化性・浸潤性が亢進するものが出現することを明らかにした。
|