本研究は「有機ヒ素化合物中毒による小脳症状発症機序解明と解毒剤探索‐治療法の提案を目指して」と題し、ジフェニルアルシン酸(DPAA)による神経影響メカニズムの解明とその影響を抑える、またはその影響からの回復を促進するような薬剤の探索に挑戦した。DPAAは茨城県の井戸水ヒ素汚染事故の主因物質であり、その井戸水を使用していた住民に小脳症状を主徴とする神経影響がみられた。評価モデルとしては、培養ラット小脳由来アストロサイトのDPAAによる異常活性化(in vitro)と成体ラットのDPAAによる行動異常(in vivo)を確立した。実際に異常活性化を抑制する薬物としては、N-アセチル-L-システイン、ジメルカプトコハク酸、D-ペニシラミンといった複数のチオール基(SH基)含有化合物が候補として上がり、構造活性相関解析を試みたところチオール基の数よりはチオール基に加えてカルボキシ基の存在が必要条件のようにみられたがそれも十分条件ではなかった。実際これらの異常活性化抑制剤には残念ながら回復促進効果はみられなかった。DPAAによる異常活性化のメカニズムについては新たにDPAAによるNFκBの活性化(核内移行)などを明らかにした。また、DPAAにばく露したアストロサイトにおいて特定の細胞質内タンパク質へのDPAAの結合が確認された。そして、DPAAに対する抵抗性は高いもののヒト小脳由来正常アストロサイトにおいてもラット由来のそれと同様の異常活性化が生じることを明らかにし、Neurotoxicologyに報告した。以上の結果から、脳内のアストロサイトがDPAAに対して高感受性であること、異常活性化抑制薬としてはチオール基を含む化合物が有望であること、異常活性化抑制薬=回復促進薬とはならないことなどが明らかとなり、さらなる解毒剤探索の方向性を示すことに成功した。
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