研究課題/領域番号 |
19K12353
|
研究機関 | 国立水俣病総合研究センター |
研究代表者 |
坂本 峰至 国立水俣病総合研究センター, その他部局等, 所長特任補佐 (60344420)
|
研究分担者 |
中村 政明 国立水俣病総合研究センター, その他部局等, 部長 (50399672)
板井 啓明 東京大学, 大学院理学系研究科(理学部), 准教授 (60554467)
|
研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
|
キーワード | 水俣病 / メチル水銀 / セレン / 環境試料 / ヒト試料 / 水俣病患者 / ラット実験 |
研究実績の概要 |
本年度は、工場敷地内で採取された堆積物試料 (n=4) を追加して分析し、工場内のセレン発生源の有無を検討した。その結果、工場内の堆積物に最高で61 ppmのセレンが検出された。更に、工場内の堆積物を含む水俣湾底質(n=12) の硫黄とセレンは正の相関を示した。当時のチッソ工場は、主に硫安やアセトアルデヒドを製造しており、それらの製造過程に必要な硫酸は工場内で硫化鉱を焙焼することで生産していた。通常、硫化鉱にはセレンが一部の硫黄に置き換わって存在するので、そのセレンが工場内や水俣湾底質に検出されたと考えた。これらの結果から、当時の水俣湾へは、アセトアルデヒドの製造過程からの多量のメチル水銀だけでなくセレンも排出され、魚介類に高濃度のメチル水銀に加えてセレンも蓄積したと推察された。 また、患者臓器の大脳と小脳のHg/Seモル比の発症から死亡までの時間との関連について、発症から死亡までの期間100日未満を急性患者 (n=6)、1年以上を亜急性患者(n=6)と仮定して調べた。大脳と小脳のHg/Seモル比は発症から死亡までの経過期間(年)に応じて減少し、特に亜急性患者の場合で約1に低下し対照(n=13)の値に近づいた。急性患者の場合Hg/Seモル比は対照と比べ明らかに高くて患者と対照を判別できる指標になると考えられたが、長期経過者では対照と差が無くなった。 ラット実験では、メチル水銀の単独曝露で脳中セレン濃度は上昇せず、メチル水銀とセレンの同時投与の場合に、患者で観察されたような脳中セレン濃度の上昇と、肝臓や腎臓における顕著なセレン濃度上昇が認められた。また、摂取するメチル水銀濃度に加えてHg/Seモル比が、メチル水銀の毒性発現・防御に大きく寄与することが示された。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究は、水俣病患者が摂取していたと想定される魚介類と水俣病患者の臓器、それぞれにおける水銀濃度、セレン濃度及びHg/Seモル比に関する初めての報告である。また、水俣病発生当時、水俣病患者は汚染魚介類の摂取によってメチル水銀とセレンの双方に曝露されていたと推察された。患者の脳のHg/Seモル比は3を超えるという非常に高濃度のメチル水銀に曝露されていることが示唆された。患者の臓器中にはセレン濃度の上昇が確認されたが、メチル水銀中毒を抑制するには至らなかったと考えられた。ラット実験では、メチル水銀の単独曝露で脳中セレン濃度は上昇せず、メチル水銀とセレンの同時投与で、患者で観察されたような脳中セレン濃度上昇と肝臓や腎臓における顕著なセレン濃度上昇が示された。また、摂取するメチル水銀濃度に加えてHg/Seモル比が、メチル水銀の毒性発現・防御に大きく寄与していた。研究成果は予定以上の成果が得られつつあるが、参加を考えていた国際学会がコロナ禍で開催されず、国外の共同研究者とも綿密なディスカッションも出来なかった。国内の学会発表では対照の底質数を増やした方が良いとの助言が得られた。
|
今後の研究の推進方策 |
これまで成果は、昨年度においては国内の4学会で発表を行った。今後は、対照となる球磨川河口域の3か所と不知火海沿岸2か所からの底質試料の追加採取を行う。現在、インパクトファクターの高い国際ジャーナルに投稿すべく、データを取りまとめ、必要な文献を収集し、原稿の執筆に入っている。 国際学会としては、Sunday, 27th August, 2023 - Thursday, 31st August, 2023にBostonで開催されるInternational Society of Exposure Science (ISES) 2023 Annual MeetingにReevaluation of Minamata disease provides insights into the protective role of selenium against methylmercury toxicityのタイトルで Abstractを投稿し採否の結果を待っている。
|
次年度使用額が生じた理由 |
予定していた国際学会がコロナ禍で開催されず、国外の共同研究者とも綿密なディスカッションも出来なかった。今後の使用計画としては、対照となる球磨川過去流域の3か所と不知火海沿岸2か所からの底質試料の追加採取を行い、5試料の水銀、セレン、硫黄の濃度を測定する。更に、国内外の共同研究者とディスカッションを重ねて、対照底質の数を6に増やしてデータを取りまとめる。今年度中に原稿を仕上げて、オープンアクセスの高インパクトファクターの国際ジャーナルへの投稿を予定している。
|