研究課題/領域番号 |
19K12355
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研究機関 | 静岡大学 |
研究代表者 |
宗林 留美 (福田留美) 静岡大学, 理学部, 准教授 (00343195)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | バナジウム / サクラエビ / 沿岸生態系 |
研究実績の概要 |
狩野川河床からの富士山系地下水の湧出を検出する目的で、富士山系地下水に豊富に存在するバナジウムに着目し、現地でバナジウムを簡易定量する測器の開発に取り組んだ。対象とする富士山系地下水の溶存酸素濃度が高いことから5価のバナジウム(V(V))に照準を絞り、これと選択的に錯形成して発色するサリチルアルデドベンゾイルヒドラゾン(Sal-BH)を合成し、定量条件を検討した。ベンゾイルヒドラジンとサリチルアルデヒドを出発物質とすることで、簡単な還流操作によりSal-BHを78%の収率で合成できた。Sal-BHとV(V)を錯形成させる際のpHを工夫することで、1分間の反応で現地の水温範囲において安定した感度で狩野川水系のバナジウム濃度の範囲である0~40ppbでV(V)濃度を定量できた。検出限界は1.1ppb、定量限界は3.4ppbであり、本法により狩野川中流の河床から湧出する富士山系地下水を検出できると考えられた。一方、鉄イオン(Fe)が8.5ppb以上存在するとV(V)濃度を過大評価することが確認され、柿田川はFe濃度が低いことから、Feのマスキング剤をうまく選定すればV(V)とFeを組み合わせた高感度な「富士山系地下水検出器」を制作できることがわかった。 駿河湾に特徴的なサクラエビの生理状態と食性の把握を目指して、サクラエビの赤い色素であるアスタキサンチンの異性体組成を調べた。動物はアスタキサンチンを完全合成できないため、アスタキサンチンを餌から直接または前駆体として間接的に獲得する。春季は秋季・冬季と比べてサクラエビのアスタキサンチン濃度が高く、且つ、熱力学的に不安定な全trans型アスタキサンチンの割合が高かったことから、体内でのアスタキサンチンの滞留時間が短かったこと、すなわち、摂餌が活発であったことが示された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
駿河湾の生物生産について多様な生物群の知見を得ることができた。1年目は、駿河湾の主要部である沖合域で主要栄養塩の動態を調べ、春季に表層の窒素:リン比が上昇し、その後低下して夏季に低い状態を維持する季節変動を繰り返していることを明らかにし、この現象に珪藻の増殖と休眠胞子の形成が関与していることを培養実験で示した。2年目は、一次生産が低い夏季に微生物が増えることで沖合域の生態系が維持されていることと、沖合域の微生物の増殖に河川が関係している可能性が高いことを示した。これを受け、3年目は微生物の増殖と陸起源有機物の関係を明らかにするために溶存有機物の調査に着手した。また、駿河湾に特徴的なサクラエビなどのエビ類について調査を行い、エビ類の赤い色素であるアスタキサンチンの異性体組成の季節変化を調べた。 富士山系地下水については、これを起源とする柿田川や、富士山以外で涵養した地下水も含む黄瀬川を支川とし、駿河湾東部の最大流入河川である狩野川で調査を行った。1年目は、柿田川が狩野川下流の一次生産を平水時に増強し増水時には影響しないことに加え、黄瀬川が柿田川と比べて窒素の栄養塩と、鉄、マンガン、亜鉛が豊富であるのに対し、柿田川がバナジウムとケイ酸に富む極めて特徴的な水質であることを明らかにした。2年目は、柿田川と狩野川河口域を対象とした培養実験を行い、台風通過直後の狩野川の増水時に富士山系地下水が河口域の一次生産に対して栄養塩の供給媒体として寄与するものの、一次生産を抑制することを明らかにした。3年目は富士山系地下水の湧出を検出する目的で現場型バナジウム計の開発に着手したが完成に至らず、この点において申請時の計画よりも進捗状況が遅れている。しかし、狩野川水系と駿河湾の両方で生物生産について予想を上回る成果を上げられたことから、遅れているものの研究延長により当初の目的を達成できると考えた。
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今後の研究の推進方策 |
狩野川で富士山系地下水を判別するために、今年度に合成方法と定量条件を検討したSal-BHを用いて「現場型バナジウム計」改め「富士山系地下水検出器」を制作する。簡易分光光度計にフローセルとポンプを組み合わせ、これを水中ドローンの様な遠隔操作可能なプラットフォームに搭載することで、高い時空間解像度で調査ができるようにする。 今年度に行ったサクラエビの調査により、サクラエビの赤い色素であるアスタキサンチンの異性体組成の時空間変化が確認されたことから、これに対する富士山系地下水による影響を検討する。また、今年度に採集を始めた駿河湾中央部の溶存有機物の試料について分析を進め、富士山系地下水や駿河湾に流入する主要河川の河川水でも分析を行うことで、駿河湾の微生物生産に対する陸域の影響を明らかにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
今年度は社会情勢により狩野川での現地調査が出来なかったため、「富士山系地下水検出器」を制作する上での問題の把握に時間を要したが、既存の光学系やプラットフォームを利用して現地調査できる見通しが立ったことから、今年度の予算の内、現場型バナジウム分析計の制作費として計上していた分の残りを次年度に繰り越して使用する。また、河川の現地調査が出来なかったために試料を採取できなかった陸起源の溶存有機物と栄養塩の試料を採取して分析するために必要な旅費と消耗品類の購入にも繰り越す予算を使用するとともに、学会発表・論文投稿といった成果発表のために計上していたものの未使用な予算を使用する。
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