研究課題/領域番号 |
19K12371
|
研究機関 | 佐賀大学 |
研究代表者 |
山西 博幸 佐賀大学, 理工学部, 教授 (20240062)
|
研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
|
キーワード | 下水処理場 / ノリ養殖 / アンモニア態窒素 / 放流水 / 底泥 / 巻き上げ / 有明海 |
研究実績の概要 |
初年度に引き続き,放流水を含む流下水の水域への影響調査を下水処理場の季節別運転直後の2020年10月17日(大潮)と定常運転後の2020年12月21日(小潮)に行った.初年度の調査結果に基づく流れの軌跡に沿って船を移動させ,その測線上9か所の表層,中層および下層の水を採取した.その結果,①季節別運転開始初期の10月期は例年下水処理場の運転管理が不安定となりやすく,放流水の水域へのNH4+-Nの供給効果は明確でないこと,②大潮・下げ潮時に干潟域の底泥の巻き上げと思われる底層部でのNH4+-N濃度の上昇とその水塊がノリ漁場を含む水域に貫入しながら輸送されること,③小潮・下げ潮時は大潮に比べ,流れそのものが弱まるため,放流口を起点とした水塊の拡がりは限定的な状況にあること,④ただし,高NH4+-N濃度を含む表層水(10cm程度)に限ってみれば,ノリ漁場を含む沖合4km付近まで輸送されており,これはノリの支柱養殖にとって好都合で,小潮でも陸域から栄養塩の供給が期待されること,を明らかにした.また,放流水が及ぼす底質環境調査では,放流口を起点にNH4+-N濃度の季節的空間分布が明らかとなり,季節別運転開始初期の放流口付近底泥中のNH4+-N量の増加がみられた.しかし,冬季は水温低下で生物活性が下がり,全体的にNH4+-N量が低くなった.室内実験では,実水域を想定した水位昇降と水温制御可能な実験装置を作製し,これを用いて底質中のNH4+-N濃度の変化を観測した結果,干満の有無に関わらず,水温が25℃から10℃まで低下するにつれてNH4+-N量は減少した.また,一定水位で水温30℃の実験では,硝化活性が促進することでNH4+-Nは減少し,水位変動下では有機物分解によりNH4+-N生成が促進され増加した.比較的簡単な制御実験装置にて,現地での実態をおおよそ再現できたともいえる.
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
令和2年度(研究実施2年目)は,前年度に実施できなかった現地観測のうち,放流口を起点とした流下方向の水質縦断分布調査を実施した結果,放流水を含む陸域からの流下水塊の挙動とその空間分布の把握を行うことができた.その際,下水処理場の季節別運転による栄養塩供給の実態のほか,下げ潮時に干潟域で巻き上げられた底泥による水中への栄養塩の供給も確認することができた.とくにこれまでの調査では表層水のみに着目してきたため,水中内の分布を明らかにすることができていなかった.そのため,今回の調査結果は,今後の研究を進めるうえでも有用な成果となった.また,放流水の挙動や濃度といった物理的および質的環境のほか,干潟底泥の挙動解明の必要性を再認識するに至るとともに,当初の研究計画からも干潟底泥を重要な検討材料と認知しており,研究計画の妥当性も確認できた.そのため,季節別運転(硝化抑制運転)時に放流される通常より高い濃度のNH4+-Nを含む放流水の底質への影響は,水域内の物質循環を把握するうえでも重要であり,当初の計画通り,現地観測と室内実験による検討を行った.室内実験には実水域を模した水位昇降と水温を同時に制御することが可能な実験装置を新たに作製し,底泥への影響評価に特化した簡易なマイクロコズムとした.その結果,現地での実態を室内実験でおおよそ確認し,検証できた.今後,実験生態系での底泥への影響評価の検討に活かせるものといえる.ただし,室内実験はあくまでも自然現象の一部を取り出しての閉鎖系装置であり,再現性の限界も含め,今後の課題としたい.なお,昨年度の研究実施過程で明らかになった下水処理水の灌漑用水への効果について,当初,引き続きその計測とその効果の検証を行うことを計画していたが,対象地域の干拓地内の利用が急遽停止されたため,本年度は実施していない.
|
今後の研究の推進方策 |
本研究は,本来下水処理場が担ってきた公共用水域の保全のための水処理技術を地域特性に応じて転換させた季節別運転の影響を把握し,自然環境への影響を把握することにある.具体的には,季節別運転前後における放流水流下水域内の水・底質の現状把握とノリ養殖への影響評価のため,現地調査,室内実験および物質循環モデルを用いた水域への影響を評価できるように実施計画を立てている. これまで2年間,当初研究計画に従って,現地調査及び室内実験を行い,いくつかの重要な知見が得られている.初年度には,当初研究計画にはなかったものの,事前調査を通して,急遽,新たな課題として下水処理水の灌漑用水としての検討もおこなった.ただし,本年度は,対象地域の干拓地内灌漑水としての利用が急遽停止されたため,継続的な実施は行えていない.なお,下水処理場の地域特性に応じた多角的な運用として注目しており,今後灌漑用水への利用が再開された場合に備え,これまでのデータ整理を行うことも含め,最終年度の課題に含めたい. 放流水の受水域への広がりについては,流れとともに移動する水質調査で確認され,2年目には放流水の流下軌跡に沿った鉛直分布観測によって空間的な輸送と底泥の巻き上げによる栄養塩の水中への再回帰といった干潟からの影響も新たに捉えることにも成功している.ただし,現地調査の実施は気象条件や潮時・流況に大きく影響されやすいため,100%当初計画通りの実施には至っていない.とくに流況調査は,引き続き予算の範囲内で取り組みたい. 以上を踏まえ,3年目の最終年度は,ノリ漁場を含めた物質循環モデルによる計算と研究テーマの1つの核をなす底質管理に結びつけるための調査・実験および解析に取り組みながら,季節別運転を含む放流水制御が受水空間に及ぼす影響と評価について研究総括を行うこととする.
|