温暖化の進展が最も顕著に現れている極域は生物多様性の低下が地球上でもっとも危惧される地域の一つである。そのため極域の植物寄生菌の分類的位置や生態を明らかにして保護や保蔵の必要性を検討することは極めて重要である。本研究の目的は,極域の野生植物に寄生する糸状菌の多様性,生態および資源価値を,温帯産の植物病原菌と比較しながら明らかにすることであった。研究代表者らによる本課題の実施前までの研究により,凍結耐性や低温生育性などの極域の環境に適応する性質を示す新種の卵菌や真菌が極域のコケやヤナギに寄生していることが明らかになっている。本研究では新たに現地調査やこれまでの調査で分離・保存している菌株の同定および病原性調査を行った。その結果,ノルウェー北極域スピッツベルゲン島においては,コケや維管束植物に寄生する糸状菌の多様性や近年の変動が明らかになった。とくにカギハイゴケに寄生する卵菌については,それらの菌密度が近年急速に低下していることがわかった。またこれら卵菌とともに,カギハイゴケから新種候補を含む複数種の接合菌が分離され,それらの一部はカギハイゴケの表面組織に接種時条件で寄生することがわかった。カナダ北極域のクジュアラピックのコケ類や維管束植物には,コムギ等に褐色雪腐病を起こす糸状菌に近縁の新種の可能性がある糸状菌種が分布していることを明らかにした。これらノルウェーおよびカナダの北部地域由来の糸状菌のいずれもが,0℃下で安定した菌糸伸長を示した。このような低温生育性は温帯産の近縁の糸状菌には見られない特徴であることから,低温生育性の微生物資源として将来的な保護や保蔵の必要性が高いと考えられた。以上の成果については,これまでの知見と合わせて温帯産の植物病原菌と比較した総説,書籍およびプロジェクト報告に分担執筆を含めて取りまとめた。
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