ウイグル人など中央アジアの人々がいう東トルキスタンをいつ、どういう経緯で「新疆」と呼ばれるようになったのか。「新しい疆域即ち領土」としての新疆が出現したことでどんな民族問題が発生したのか。こうした疑問について答えようとして、本研究は歴史人類学の視点から進められてきた。東トルキスタンを新疆にしたのは満洲人の清朝時代のことで、ウイグル人は清朝の臣民として高度の自治を享受していた。清朝が崩壊すると、この地の住民は独立建国を目指したものの、国際関係との関連で失敗した。中華人民共和国はウイグル人の権利を否定したことで、民族問題は激化した。こうした近現代史について、中央アジアの視点から解明した。
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