研究課題/領域番号 |
19K12502
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
太田 至 京都大学, アフリカ地域研究資料センター, 名誉教授 (60191938)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 難民のホスト社会への統合 / 包括的難民対応の枠組み / 国連ニューヨーク宣言2016年 / 難民に関するグローバル・コンパクト / カロベイェイ定住地 / カクマ難民キャンプ |
研究実績の概要 |
現在、国際的な難民支援体制は大きく変革されようとしている。国連総会は2016年9月にニューヨーク宣言を採択し、2018年12月には「難民に関するグローバル・コンパクト」を決定した。これは、多様なアクターが連携して社会全体で難民を支援し、従来の「緊急支援中心モデル」を廃して「難民の自立を目指す開発支援モデル」を導入するというパラダイム・シフトを目指している。その目的は、難民の経済的な自立とホスト社会への統合を実現し、難民と地元民が協力して開発=発展を成就することである。現在、40万人を超える難民が暮らしているケニア共和国でも、この世界的な潮流に呼応して新しいプログラムが実施されている。 本研究は、こうした先端的なプログラムが行われているカクマ難民キャンプとカロベイェイ定住地を対象として、特に難民と地元民の経済的・社会的関係に注目しつつ、このプログラムの実態を解明し、上記のパラダイム・シフトの有効性を検証することを目的としている。2020年度には、新型コロナウィルス感染症の世界的な蔓延によって現地調査が不可能になったため、難民と地元民の社会ではどのような対面的関係が形成されているのかに関して、いままでに収集した資料を整理するとともに、文献研究を行って分析し、その成果を出版した。 カクマとカロベイェイに居住する難民の75%以上は南スーダンとソマリアの出身者であり、その多くは地元民トゥルカナと同様に牧畜に基礎をおく生業に従事してきた。東アフリカ牧畜社会では一般に、特定個人に政治的な権威を集中させるのではなく、地縁・血縁にもとづく集団や年齢体系によってゆるやかな社会統合を実現している。この社会で個々人は、強固な組織や規範に依拠して自己の行動を律するのではなく、コンテクストや対面する相手との相互交渉に即して臨機応変な行動をとることをとおして社会的な秩序を形成していることを解明した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は2019~21年度の3年間で実施するが、2019年度には新しいプログラムの全体像を現地調査によって把握し、難民と地元民の経済的関係の一端を解明した。このプログラムは準備期間:2016~17年を経て、第1フェイズ:2018~22年、第2フェイズ:2023~27年、第3フェイズ:2028~30年の三段階で実施される予定である。このプログラムの革新的な点の一つは、難民に現金バウチャーを支給し、その使い方を難民自身に任せる施策である。具体的には、(1)家屋建設、(2)食料配給で実施されているが、(1)では12~14世帯の難民が協力して建材(木材、石、トタン板など)の購入や職人の手配を行っている。建材供給業者や建設職人には難民と地元民の両方がおり、組合を組織して仕事を分担している。(2)の食料配給のバウチャー化事業では、個々の難民に毎月一定額の現金バウチャーが支給され、難民は特定の店でそのバウチャーを使って食料を購入する。この店の経営者には難民と地元民の両方がいる。このように(1)(2)いずれの事業も、難民の自主性を尊重しつつ自立を促進し、難民と地元民の協力体制を構築することが目指されている。 2020年度には、難民と地元民のポジティブ/ネガティブな社会関係を解明するための現地調査を実施する予定だったが、新型コロナウィルス感染症の流行のために実現できなかった。そのために2020年度には、難民と地元民が他者とのあいだに社会関係を形成するときに、どのような原理に基づく行動をとっているのかを、これまでに収集したデータと文献研究によって分析した。その結果、個々人は強固な組織や規範に依拠して自己の行動を調整するのではなく、対面する相手との相互的な関係に即して臨機応変な行動をとっていること、そして社会的な秩序はそうした相互交渉の積み重ねによって構築されていることを解明した。
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今後の研究の推進方策 |
最終年度である2021年度には、2019年度に提出した交付申請書の「補助事業期間中の研究実施計画」に記載した項目(3)と(4)を実施する。具体的には(3)「難民と地元民のポジティブ/ネガティブな社会関係および難民のホスト社会への統合に関する調査」に関しては、資源をめぐる競合と衝突、文化や価値観の相違による衝突と「他者」表象、友人関係や婚姻関係の構築、対立・衝突を解決するメカニズムなどの項目に関する調査を進める。また、(4)「カロベイェイで実施される新しいプログラムおよび国際的なパラダイム・シフトの有効性をカクマ難民キャンプとの比較研究によって解明」に関しては、新しいプログラムが、難民と地元民の社会関係にどのような影響を与えたのかを、年齢や世代、ジェンダーによる違いを考慮しつつ明らかにする。 2021年度には、難民と地元民の共存がいかにして創出されているのかを解明し、研究の総括を実施する予定である。2020年度には新型コロナウィルス感染症の流行のために現地調査を行わず、いままでに収集したデータの解析と文献研究によって、東アフリカ牧畜社会における社会関係の構築原理を解明する作業を実施した。本研究は、難民と地元民がどのような社会関係を構築しているのかを明らかにすることを通して、難民支援の新しいパラダイムの有効性を検証することを目的としているが、2020年度の作業は、この目的を実現するための基礎作業であった。2021年度には、この成果を参照しつつ現地調査を実施し、本研究を総括する。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初の研究計画では2020年度にはケニア共和国において約1か月間の現地調査を実施する予定であり、そのための旅費とレンタカー借料として合計約100万円の支出を予定していた。しかし、新型コロナウィルス感染症の流行によって現地調査が不可能になったため、2020年度の研究計画を変更して、いままでに収集した資料の分析を行うとともに、経費の一部で文献を購入して、難民と地元民の社会における対面的な社会関係の構築に関する分析を、前倒しでおこなった。 2021年度には、2020年度に未使用であった経費と2021年度に計上している経費(ともに旅費とレンタカー借料)によって、約2か月間の現地調査をケニア共和国で実施する予定である。
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