研究課題/領域番号 |
19K12606
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
松下 千雅子 名古屋大学, 人文学研究科, 教授 (90273200)
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研究分担者 |
三輪 晃司 名古屋大学, 人文学研究科, 准教授 (40806147)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | スポーツ / トランスジェンダー / DSD / LGBT / 正義論 |
研究実績の概要 |
2019年5月1日、国際陸上競技連盟 International Association of Athletics Federations (略称IAAF; 現在はワールドアスレティックスWorld Athleticsに名称変更)は、先天的に染色体、生殖腺、解剖学的性別が非典型的な発達をするDifferences of Sex Development(以下DSD)を有する女性アスリートに関して、女子の試合への出場資格を定めた規定 (Eligibility Regulations for the Female Classification) の第2版を発表した (IAAF, 2019)。本研究では、この規定とIAAFが科学的根拠とする資料を精査し、ロールズの正義論(Rawls, 1999) と、ノージックのロールズ批判(Nozick, 1974)を参照しながら、科学とスポーツの問題を、政治哲学の文脈に置き直して「正義」の問題として再考した。 ロールズ的見地からは、スポーツを男女に分けて行うことは女性アスリートの利益にかなっていると言え、IAAFがテストステロン値に起因する不平等に規定を設けたことは、一定の理解が得られるといえる。しかし、このような平等主義理論は、個人の選択、主体性、努力の価値を過小評価しすぎているともいえ、力や技を競うスポーツにはなじまないものとも言える。生まれながらの才能を保持する権利を重視するリバタリアン的見地からは、DSDの選手はテストステロン値によって得られる優位性を保持する権利があると言え、DSD規定は撤廃すべきものとなる。 DSDを有するアスリートをどのようにしてスポーツ競技に包摂するかに関する問題は、科学やスポーツの枠組みのなかで議論するにとどまらず、正義とは何かという視点で考える必要があることが本研究で明らかになった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
上述の通り、今年度のはじめにIAAFは、DSDを有する女性アスリートに対して、女子の試合への出場資格を定めた規定の第2版を発表した。本研究では、この規定とIAAFが科学的根拠とする資料を入手し、それらに関する考察を、ロールズやノージックの正義に関する理論を踏まえて行った。その結果、本研究で扱う問題を、スポーツ研究に限定せず、正義に関する理論研究にまで広げることができた。この研究は、すでに日本語論文にまとめており、今年度中に発表する予定である。 また、2019年度の計画では、本研究のベースとなった挑戦的萌芽研究「トランスジェンダーとインターセックスのスポーツ参加における公平性と倫理の研究」(2016-2019)で研究代表者が集めた量的データについて、混交効果モデルを用いた回帰分析を行なうことをひとつの目標としていたが、分析を無事終了し、英語論文にまとめることができた。この論文では、理論的枠組みとして、社会アイデンティティ理論と公正世界仮説を用いた。そうすることにより、本研究を理論面において強化し、研究を質的に向上させることができた。この論文は、現在、国際学術ジャーナルに投稿中である。また、この成果の一部を、日本国内におけるシンポジウムで発表した。 以上の理由により、計画に多少の変更はあったものの、本研究はおおむね順調に進展しているといえる。
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今後の研究の推進方策 |
本研究では、当初、理論的枠組を、フェミニズム理論とクィア理論に基づいて構築していた。しかし、2019年度に行った研究により、社会的アイデンティティ理論と正義に関する理論が本研究において有効であることが確認できた。今後は、当初予定になかったこれらの理論と、フェミニズム理論、クィア理論の接点を模索したい。そうすることにより、本研究の理論的枠組みを、より一層深化させるていく予定である。 また、今後は質的データを充実させる。そうしたうえで、理論と質的データを往来しながら、多様なジェンダーのアスリートについて、包摂と排除がどのようになされるのかについて考察する。これらの考察に基づき、本研究が目的とする「スポーツにおける性的マイノリティの包括と排除のサーキュレーション・モデリング」を、最終年度までに構築したい。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究の出発点となった2016-2019の挑戦的萌芽研究おいて集めた量的データの分析について、分析方法を変更するなど、再分析の必要が生じたため、今年度は新たなデータを収集することはせず、分析と考察および理論的枠組みの構築に注力した。そのため、謝金、人件費が当初に比べて少なくなった。また、IAAFによるDSD規定について2018年10月にスポーツ仲裁裁判所がそれを認める裁定をしたことをうけ、IAAFが2019年5月にIAAFがDSD規定第2版を発出したので、本年度はこの規定に関する考察を行なうこととした。そのため、今年度の予算では図書の購入などにより物品費が多くなった。
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