本研究の目的は、1. ケア関係内の個人間の倫理としてのみ理解されがちであったケアの倫理を、フェミニズム理論と実践のなかに位置づけることによって、公的な規範として再定位させる。2. 現在進行形で行われつつある、ケアの倫理研究のグローバルなネットワーク作りに尽力しながら、ケアの倫理がグローバルなネオ・リベラリズムの覇権的な展開にいかに挑もうとしているのかを調査することであった。2. については、コロナ禍のなか、海外調査や国際学会に参加することがかなわず、進展させることはできなかった。 しかしながら、1. については、パンデミックのなかで、ケア労働が社会生活に不可欠なエッセシャル・ワークであるにもかかわらず、社会的評価が低い、市場経済のなかでも報酬が低いといった矛盾が社会的にも注目されるなかで、本研究の意義を社会的に訴える機会に恵まれることとなった。したがって、以下の二点が本研究の実績である。 第一に、ケアの倫理について、政治的原理の一つとしての正義、つまり普遍的で不偏の公正原理に対して、文脈依存的で偏狭のきらいがあると批判されてきたが、むしろ文脈に分け入り、個別の事例に柔軟に対応することが、現実の政治では求められていることを確認した。 第二に、海外調査や交流はできなかったものの、世界的にケア労働に注目が当たったことにより、国際的な研究潮流に触れ、またオンラインでの研究会にもむしろ積極的に参加できた。そうした交流のなかで、フェミニスト経済学の蓄積に触れることができた。その蓄積を学ぶなかで、無償、あるいは低賃金でケアを担う者が被る搾取と、ケア労働の報酬の少なさと社会的価値づけの低さゆえ被る、政治的交渉力のなさといったペア・ペナルティの実態を分析することが可能となった。
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