研究課題/領域番号 |
19K12643
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
山内 知也 神戸大学, 海事科学研究科, 教授 (40211619)
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研究分担者 |
楠本 多聞 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構, 高度被ばく医療センター 計測・線量評価部, 博士研究員(任常) (90825499)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | エッチング型飛跡検出器 / ポリアリルジグリコールカーボネート / ポリエチレンテレフタレート / 検出閾値 / イオントラック内径方向電子フルエンス |
研究実績の概要 |
エッチング型飛跡検出器として最高感度を持つポリアリルジグリコールカーボネート(PADC)検出器の検出閾値を記述する物理的指標としてイオントラック内径方向電子フルエンス(REFIT)を提唱した。これはイオンの軌跡をその軸とする円柱の側面を通過する電子密度として定義しており、平均値を考える場合には円柱半径(イオン軌跡からの距離)の関数となる。局所線量ではなくてあえて電子数を評価するのは、低LET放射線を用いた実験から、PADC中の高感受性部に含まれるカーボネートエステルが最近接のエーテルが損傷を受けた後にのみ切断されるからであった。PADCの高感受性部の長さは2 nm弱であるが、プロトンとHe及びCイオンの閾値におけるREFITを求めるとそれぞれが互いにファクターで一致しており、2個以上の電子によるヒットが生じると高感受性部の損傷が生まれ、径方向に2つ以上の高感受性部が損傷を受けると、エッチピットを生み出すイオントラックになるという見方を支持する結果が得られていた。本年度の新たな試みとして、このREFITを、検出閾値がPADCよりも高くプロトンやHeイオンには感度を持たないポリエチレンテレフタレート(PET)に適用した。BとC、N、O、Si、及びFeイオンに対するPETの閾値に対してREFITを求めたところ、半径0.5 nmにおいて10 電子/nm2以上を持ち、半径4 nmにおいて0.8 電子/nm2以上を維持している場合にエッチピットが生まれていること(閾値であること)が確認された。電子飛跡構造に基づいて閾値を議論できるところが、従来の限定的エネルギー付与(REL)等と比べた場合のREFITの優位点である。PETを構成する各官能基損失のG値が、閾値周辺でステップ状に変化することが見出されておりそれには複数の切断反応が関係していると見られるが、これを支持する結果である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
ポリアリルジグリコールカーボネート(PADC)に続いて、ポリエチレンテレフタレート(PET)の閾値を、イオントラック内径方向電子フルエンス(REFIT)を用いて議論することができたことは成果であった。「研究実績の概要」において、PETの官能基密度のステップ状の変化にふれたが、芳香環やエステル基、メチル基といった、個々には互いに異る放射線感受性を持つ官能基が、あるひとつのイオン種については、一定の阻止能より大きくなると同時に顕著な損傷を受けるようになるので、個々の官能基としては最も放射線感受性が高い、複数のエステル基が損傷を受けることで、それらに挟まれた部分が失われていると考えられる。このような複数の分子鎖切断による損傷形成は、KaptonやUPILEXといったポリイミド樹脂についても観察されており、ビスフェノールAポリカーボネート(PC)についての検討を進める予定であった。PCの検出閾値は、PADCとPETの中間に存在しており、その閾値を実験的に決定する計画であった。閾値に関してより厳密な議論を行うために、検出器表面からやや深い位置でエッチピットが発生する入射条件を探し出し、エッチピットの成長曲線を描く場合にその起点を閾値と見なすことにした。この考え方はPADCとPETについては妥当なものであった。しかしながら、実験に用いたPC試料が持つ検出感度に無視することの出来ない深さ依存性があることが判明し、異なる種類のPC試料を用いた実験を行う必要が生じた。PADCとPET、PCの3者の相互比較を行うところまで進まなかったので「やや遅れている」とした。
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今後の研究の推進方策 |
ビスフェノールAポリカーボネート(PC)試料への照射実験を展開し、その検出閾値をBとC、N、O、Ne、Arイオン等について決定する計画である。照射実験は量子科学技術研究開発機構の重粒子線がん治療装置(HIMAC)の共同利用研究として遂行する。ポリエチレンテレフタレート(PET)については、13 um厚の試料を用いたエッチングテストと、それをエッチング処理によって2 um程度の薄膜を使った赤外線分光による損傷の分析を通じて、エッチピットが生まれる検出閾値と各種官能基の損傷密度のステップ状の変化とが確実に一致しているのか否かを明らかにする。ポリアリルジグリコールカーボネート(PADC)については、数100 MeV/uの高いエネルギーのイオンに対する損傷評価のための実験をCとSi、Feイオンに対して実施する。フラットなビームではなくて絞ったペンシルビームを用いた照射と数mmサイズのスポットに対して赤外線分光分析を行うのは新しい試みであるが、試験的な実験では従来のフラットビームを用いた結果と整合する結果が得られている。コバルト60線源を用いたガンマ線照射実験とともに、エキシマーランプ(174 nm)を用いた実験によって、エーテル基の損傷とカーボネートエステル基の損傷との相互関係を詳細に確認し、さらにそれらの損傷密度とヒドロキシル基生成密度との定量的関係を理解する。Geant4-DNAによるイオントラック内径方向電子フルエンス(REFIT)の計算を進めるとともに、イオントラック近傍の相互作用点の密度によって検出閾値を含む感度を記述する可能性について検討を行う。
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次年度使用額が生じた理由 |
旅行を計画していた2020年3月の応用物理学会(上智大学)と固体飛跡検出器研究会(名古屋大学)が新型コロナウイルス感染対策のために中止となった。次年度に実施する量子科学技術研究開発機構の重粒子線がん治療装置(HIMAC)の共同利用研究のための旅費の一部に使用する。
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