研究課題/領域番号 |
19K12716
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研究機関 | 広島大学 |
研究代表者 |
鈴木 俊哉 広島大学, 情報メディア教育研究センター, 助教 (70311545)
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研究分担者 |
山本 尭 公益財団法人泉屋博古館, 学芸課(本館), 学芸員 (90821108)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 五音韻譜 |
研究実績の概要 |
初年度は、申請時では次年度の予定であった『宋板説文解字五音韻譜』の分析を主に進めた。清代に広く行われた汲古閣大徐本は、その小篆字形は現在でも小篆のデザイン規範に影響を及ぼしている。汲古閣本は、第五次修訂によって大幅に宋本と違うテキストになったが、それ以前の初期の印本であっても、現存する宋刊小字本とはしばしば異なることが知られる。近年の研究(白石將人氏が2017年に指摘し、王輝氏、董セイ宸氏らが追証を進めている)で、これらの差異の起源は明刊本の五音韻譜に求められると指摘されている。しかし、その中には宋板五音韻譜の時点で既に現存の宋刊小字大徐本と異なるものも見つかっている。従って、五音韻譜が編まれたころの文字学は、大徐本を参照していても、それが現存の宋刊小字本とは異なるテキストだった可能性がある。集韻が引く説文が現存する大徐本・小徐本と完全には合致しないことを黄桂蘭が1973年に指摘しているが、集韻が引く説文とも必ずしも符合しない。 この他、金石学側のデータ作成としては、分担者が書道博物館所蔵の有銘青銅器の調査を行い、代表者は平行して『考古圖』所収の約200器、『續考古圖』所収の約100器について、釈文を台湾中央研究院の殷周金文集成釈文のDBと突き合わせて器物番号の対応付けを行った。『殷周金文集成』の第1版の各巻末には拓本を採った旧著録の番号および書誌情報があり、第2版ではこれをリスト化したものが「部分著録書刊與本書器號對照表」として出版されているが、旧著録番号のつけ方が不明確な問題(甲骨文合集の材料来源表にも同様の問題があった)を解決する必要がある。また、この對照表で『考古圖』『續考古圖』のリストに含まれていても、『集成』の拓本は別の旧著録から採られている場合も少なくない。今後、第2版の附録「器物著録書刊索引」を用いて両著録から採られたものをフィルタする必要がある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本課題は、説文解字(大徐本・小徐本)そのものは研究対象ではないが、清代の四庫全書文淵閣本所収の大徐本および小徐本を精査すると、原本とされるものと異なる場合が少なくない。先行研究では文淵閣本の調査があるが、これと比較するため文津閣本を調査した。その結果を「汲古閣本説文解字と派生文献小篆対照表」と「四庫全書本『系伝』の調査・文淵閣本と文津閣本」に整理した。差異の多くが文淵閣本・文津閣本に共通しており、単純な誤写ではない。文字学的な整合性が崩れる場合が多く、古いテキストとは期待できない。ごく一部に説文以外の小学書によって説文小篆の字形を改変したものが見られる。これらが明代の五音韻譜に遡れるかが次の課題である。 五音韻譜には多数のレイアウトが異なる明刊本があるため、これらの将来的な整理を想定し、画像分解に関する機械的な補助を検討した。まず、陳大科本・汲古閣四次様本の対比表( https://gl.githack.com/mpsuzuki/mkHtml.rb/-/raw/swjz-wyyp/wyyp-wanli-01.html )に宋板本を組み込むことを目指し、全見出し字に関して、宋板本での出現位置(巻・葉・行)をデータ化した( https://gitlab.com/mpsuzuki/mkHtml.rb/-/blob/search-wyyp-dev/SW-WYYP-Sungben-Location_20190331-2215.json )。これによって、見出し字が出現する領域を見開き単位・ページ単位の画像ではなく、より狭い領域に限定することができる。宋板五音韻譜のスキャンデータに対してOpenCVで分割するテストスクリプトと現状での結果をgitlabで公開した( https://gitlab.com/mpsuzuki/py-opencv-detect-layout/ )。
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今後の研究の推進方策 |
現時点の計画では、版面全体を対象にして陳大科本の小篆をテンプレートマッチで探す手法は非常に誤認が多いことを踏まえ、行切り出しをした上で行内に限定したテンプレートマッチを想定している。行切り出しは、細い縦線の断片(宋板本では版木の劣化でしばしば断裂している)と、割注形式で書かれる説解の文字をOpenCVの物体検出で探し、これらから行を推測するという手順である。現時点での課題として、カスレあるいは版木の割れが著しい場合は、割注形式の説解の文字が非常に細かい領域に分割され、割注領域の検出を誤る問題がある(例として、gitlabで公開したサンプルPDFの、p.62-65を参照されたい)。また、近年の研究では、陳大科本は明刊本の中で最も広く流通したが、テキストとしては他の明刊本より加筆されているという指摘がある。よって、陳大科本の小篆も明刊本に用いるテンプレートとしては不適切な可能性がある。細かいパラメータ調整が避けられないのであれば、宋板五音韻譜、あるいは多くの明刊本の底本となった車玉益藩本を手動切り出しとすることも検討する。 また、初年度に明らかになったこととして、従来、単なる汲古閣本(通行の五次修訂本)の翻刻と考えられていた大興朱氏椒花吟舫本(いわゆる朱イン本)にも、おそらく玉篇などの楷書の小学書を用いて小篆を改めたと思われる箇所が見つかった。『汲古閣説文訂』以前に、これらの楷書の字書が大徐本を改めるに足る根拠と一般的に考えられていたのか、これが宋代の文字学まで遡れるか、さらなる調査が必要と思われる。 初年度末からの社会情勢の変化により、国内外の多くの資料所蔵館が閉館し、ILLなどの遠隔複写サービスも受付停止となっている。次年度内の解消が難しい場合は、詳細な版本評価をせず、既に電子化およびインターネット公開されている資料等でのデータベース化を考えることとする。
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次年度使用額が生じた理由 |
年度末の出張旅費を残しておいたが、新型肺炎による社会情勢の変化のため出張がとりやめとなった。昨今の情勢を鑑みると他機関訪問の予定が立てづらいので、残額を翌年度の書籍購入費用に割り当てる。
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備考 |
(1)は四庫全書所収の説文解字に「説文以外の文献に由来するもの」が含まれており、朱イン本が説文以外の小学書をもとに校訂したものや、韻書から竄入したと思われるものがあることを報告している。詳細は解題を参照。 (2)(3)は宋板説文解字五音韻譜の見出し字出現位置および行切り出し実験のプログラムである。切り出した領域をPDFで図示したものが(3)に含まれるが、資料自体のスキャン画像は含まない。
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