研究課題/領域番号 |
19K12775
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研究機関 | 埼玉大学 |
研究代表者 |
川村 隆三 埼玉大学, 理工学研究科, 助教 (50534591)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 細胞診断 / がん細胞 / 転移性 / 力学刺激 / アクチン細胞骨格 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、がん細胞の潜在的な転移性を示す新しい細胞計測の指標を得ることである。研究代表者は、キネシン・微小管のモータータンパク質を用いて『運動界面』を作製し、細胞の動的力学環境へ応用する研究に取り組んでいる。転移性の高いがん細胞(マウスメラノーマ)が運動界面で揺られながら接着すると、細胞の内部に特異なアクチン凝集を形成することを発見していた。アクチン繊維を架橋して突起形成を促すタンパク質の阻害剤を投与すると、このアクチン凝集が抑制されることから、アクチン凝集はがん細胞の浸潤突起形成能を示す可能性を考えた。本研究では、このアクチン凝集形成をがん細胞の潜在的な転移性を示す指標になる可能性を調べる。このため、運動界面の設計を最適化し、揺らぎ力学刺激がアクチン凝集形成に作用するメカニズムを解明する。また、運動界面を既存の細胞挙動評価法と組み合わせて、がん細胞の転移に伴う力学的状況をより生体内に近づけて、がん細胞の潜在的な転移性を最大限に引き出して計測することを目指している。 令和元年度は、運動界面に接着する細胞の形状を評価するシステムの自動化を進め、従来よりも多検体を安定的に定量評価する技術的な開発を進めた。改良したシステムを用い、運動界面にがん細胞が接着する過程での細胞構造変化を経過時間ごとに解析することに成功している。今後は、システムを簡便に操作するための改良を加えて、運動界面の設計パラメーター変化の影響や、他の細胞株を用いた比較などのデータを蓄積し、がん細胞株の潜在的な転移性を診断する指標になるかどうかを検証していく。 主要な計画ではなかったが、運動界面の出力を直接的に力学計測する技術を実現した。これにより、運動界面の設計パラメーターに変化加えた場合などに出力特性の違いを評価できるようになった。今後は、この手法も活用した運動界面の開発が見込める。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では、細胞スケールの揺らぎ力学刺激を与えることで、がん転移の本質に迫る新しい細胞計測の指標獲得を目指している。独自に開発した『運動界面』では、がん細胞の特異な変形挙動を見いだしている。細胞の変形性から転移能を診断する技術への発展を導くには、まず定量的な計測の実現が重要である。令和元年度は、定量的な計測、及び多検体の同時計測を実現するために、シリンジポンプと自動制御の微小バルブを装備した微小流路系を構築した。原理的な動作実証に成功し、複数検体の並列的な観察で接着時間に対するアクチン凝集塊の形成過程を追跡できるようになった。計画の1・2年度では、運動界面の設計パラメーターを変化させて、アクチン凝集塊形成を誘導する最適条件を探索する予定であったが、上記の定量評価実現に注力していた為、未だ着手していない。次年度に渡って実行予定の計画なので想定の範囲内であり、自己評価を「おおむね順調に進展している」とした。 主な計画ではなかったが、当該年度の研究に関連して運動界面の力学的な出力を直接計測する技術を確立することができた。この成果については、論文にまとめて現在、専門誌に投稿中である。運動界面の性質を直接計測で明らかにすることは、細胞計測のツールとして開発する上で重要な意味があり、今後の研究の生産性向上や研究方針の発展的変更に有益と考えられる。「おおむね順調」と自己評価したことには、本技術の確立が期待以上に進展した事も含めている。
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今後の研究の推進方策 |
初年度で送液の自動化を実現した運動界面の細胞接着挙動評価システムについて、今後は、操作手順の改良と運動界面の流路システム改良で安定動作と操作の簡便化を図る。定量評価の手法を整えた上で、当初計画していた運動界面の設計パラメーター(微小管の剛直性、架橋密度など)の変化による接着細胞内のアクチン凝集形成への影響調査に着手する予定である。アクチン凝集体形成の評価については、運動界面の力学刺激が、細胞内での凝集形成位置や凝集形成のタイミングに与える影響を定量的な計測から行い、細胞挙動へ力学刺激が寄与するメカニズムの解明を目指す。また、細胞種についても、マウスメラノーマ以外の細胞種での評価を行い、がん細胞の転移性評価指標としてアクチン凝集塊形成の有用性を検証する。 運動界面の直接的な力学計測法では、ガラスマイクロニードルを探針として固定位置での計測が可能である為、運動界面の力学刺激を出力だけでなく、周期性についても調べることができる。運動界面の周期的な動態を明らかにし、また培養系で細胞群が示す運動を観察して比較することで、運動界面の動的細胞環境としての妥当性を考察する方針である。長期的には、生体内の動的細胞環境を摸倣する手段として、運動界面の目指すべき力学環境の条件を明らかにして、今まで可視化出来ていなかったがん細胞の挙動を捉えることを目指す。
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