日本国内では,交通事故によって自動車乗車中に頸部を損傷する負傷者が全体の約8割を占める.その主な症例のひとつとして“むち打ち損傷”が広く知られるが,最近では,むち打ち損傷に付随し“脳脊髄液漏出症”の発生するリスクのあることが指摘されている. 脳脊髄液漏出症は,中枢神経系である脳脊髄を保護する硬膜が何らかの外力によって破壊され,クモ膜下腔を満たす脳脊髄液がその外部へ漏れ出すことによって発生すると予想されている.ところが,その受傷メカニズムは解明されておらず,未だ脳脊髄液漏出症に対して確実に有効とされる対策・治療法は確立されていない.そのため,脳脊髄液漏出症の予防には依然として多くの課題が残されているのが現状である.一方,人体有限要素モデルを活用し,現実の事故を忠実に模擬した衝突解析を実行することができれば,今まで原因不明とされてきた脊髄硬膜の損傷メカニズムを解明する糸口を掴めるのではないかと期待される. そこで本年度は,脊髄硬膜を構成するコラーゲン線維に着目,二軸引張を受けた硬膜試料面内で線維の配向角度がどのように変化するのかを明らかにするため,自作の試験装置を改良し,偏光観察と組み合わせた力学実験方法を確立した.また,本研究期間の全体を通して,数値解析に活用できる脊髄硬膜の基本的な力学特性を把握することに成功した.特に,低ひずみ域における脊髄硬膜の力学応答には顕著な異方性(ヤング率:軸方向 < 周方向)が認められ,生理的環境下における硬膜生来の柔らかさは,エラスチンの含有量と相関の高いことが見出された.さらに,高ひずみ域における力学応答にも軸方向と周方向の間には異方性のあることが確認された.
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