これまでの結果より、ヒトがん細胞における抗がん剤の殺細胞作用は交流磁界曝露により増強されるが、多剤耐性細胞を用いた場合では、交流磁界による抗がん剤の作用増強率が弱まることが明らかとなった。薬物は細胞膜タンパク質を介して細胞内に取込まれる。また、膜タンパク質と細胞膜電位には密接な関係があるといわれる。そこで、ヒトがん細胞の膜電位における交流磁界、抗がん剤、および抗がん剤+交流磁界の影響を測定した。なお、細胞膜電位の測定には、膜電位感受性の蛍光物質を使用した。ヒト肺がん細胞株A549、ヒト子宮肉腫細胞株MES-SAおよびMES-SA由来の多剤耐性細胞株MES-SA/Dx5を用いた結果、どの細胞の膜電位も交流磁界のみ曝露により2.5~3 mV ほどの増加を示し、抗がん剤のみ(シスプラチンあるいはドキソルビシン)添加では膜電位に有意な変化は見られなかった。抗がん剤+交流磁界の併用曝露の場合には、A549 とMES-SA細胞では膜電位の増加が見られたのに対し、MES-SA/Dx5細胞では変化が見られなかった。このことから薬剤排出タンパク(p-glycoprotein)の過剰発現により多剤耐性を示す細胞MES-SA/Dx5では、交流磁界による影響を受け難くなり、細胞膜電位に変化が見られず、薬剤作用の増強率も弱まることが明らかとなった。さらに、A549細胞から非変性的に抽出した膜タンパク質に交流磁界を曝露したところ、膜タンパク質の立体構造が変化していることを示す結果が得られた。以上より、交流磁界曝露は膜タンパク質の構造に変化を与え、薬剤の細胞内への輸送に影響を与えることが示唆された。
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