研究実績の概要 |
本研究プロジェクトは、認識的不正義が悪である諸理由を明確にしたうえで、知識の主体としての私たちの行為の責任のあり方と、他者との対人関係性の変容の中での個人の自己同一性と変容について明らかにすることを目的とする。認識的不正義とは、社会認識実践における知識の主体に対する不正のことであり、この概念は2007年にミランダ・フリッカーによる体系的研究が提示されて以降、英米認識論の中心的議題の一つである。今年度の主要な研究成果としては、以下の二つを挙げることができる。 (1) 佐藤邦政 (2019). 「解釈的不正義と行為者性―ミランダ・フリッカーによる解釈的不正義の検討を中心に―」 単著 『倫理学年報』, 第68集, 247-261頁. 解釈的不正義についてのフリッカーの議論と現在の徳理論(徳倫理学と徳認識論)研究の知見に基づいて、他者との個人相互の関わりの中で解釈的不正義を犯す悪徳な行為者性について、悪意ある動機づけと、他者の声や経験の無理解と周縁化という悪い結果の観点から明らかにした。 (2)佐藤邦政 (2019). 「差異の認識と認識的変容―障害者との共生に関する認識論的アプローチ―」 単著 『フィルカル』Vol.4, No.1, pp. 312-338. 本研究は、他者と実際にかかわる経験を通じた差異の認識のあり方と、その経じた個人の認識的変容について明らかにした。具体的には、認識的変容の方向性には差異に対する反省的気づきと、差異に対する感受性の二つがあることを示した。そのうえで、私たちはこれらの異なる認識のあり方を相互サイクルのように働かせていくことで、認識的に変容していくと論じた。
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