2022年度は、単著『哲学者たちの天球 スコラ自然哲学の形成と展開』(名古屋大学出版会)を出版することで、この科研費の助成期間の研究を総括することができた。この単著では、主に十二世紀から十六世紀までの宇宙論や自然理解がどのように古代ギリシアの哲学者アリストテレスの著作の注釈史の形で成立していたのかを明らかにした。特に、十二世紀のアラビアの哲学者アヴェロエス(イブン・ルシュド)の思想がどのような問題を西欧にもたらしたのかを研究の焦点とした。 アヴェロエスの思想というと、従来の研究では、彼が唱えたとされる「知性単一説」のみが注目されがちだった。この「知性単一説」とは、人間の思考の能力である「知性」が全人類において数的に一つであるという説である。それに対して、『哲学者たちの天球』では、彼の宇宙論がキリスト教神学との間に理論的な緊張関係を有していたことを明らかにした。アヴェロエスは、自然世界の秩序の形成という点で天球およびその動的原理である魂が能動的な働きをすると考えていた。このような天球を自然世界の秩序の形成者とする考えは、キリスト教的な創造と救済の神を頂点とする世界統治の体系と異なるが故に、神学者から幾度も批判をされることになった。神的な摂理とコスモロジーとの関係は、これまでの中世自然哲学の研究では十分に考察されてこなかっただけに、この研究の意義は大きいと考えている。 また、2022年度までの4年間において、トマス・アクィナスの『「天界論」註解』におけるアヴェロエス受容にかんする国際会議での発表を実施し、査読論文を出版した。加えて、ジャンドゥンのヨハネスの『「天界論」註解』についても基礎的な研究を行い、さらにアヴェロエスの『天球という実体について』の校訂版の作成にかんしてドイツ・ケルンのトマス研究所でのプロジェクトに参画する計画を進めた。
|