本研究では、メタ倫理学における道徳的実在論を巡る論争の中で道徳の規範性を自然的なものに還元するという自然主義的な提案を、多角的な面から検討した。当初はこれまで哲学者によってなされてきた提案の批判的な検討を行ったが、研究を進める中で、自然的なものでありながら他のものに還元できない規範性を持つように思える非還元的な自然的道徳的性質の存在の重要性を再確認し、そのような特殊な道徳的・規範的性質に訴える科学的な探求の調査を網羅的に実施するアプローチを採用するに至った。その結果、比較政治学における社会の不安定に関する研究、道徳的判断を巡る社会学的な研究、礼儀正しさ(politness)に関する言語学的な研究、性格特性に関する社会心理学的な研究、いじめに関する実証的な研究において、道徳・価値概念が重要な役割を果たしていることを確認した。その上で、これらの知見に基づいた申請者が「局所主義的な論証(localist argument)」と呼ぶ論法を構想し、その内実を固めていく諸論文の執筆を進めていった。
本研究課題の最終年度の前半(4月から8月まで)は英国・オックスフォード大学のOxford Uehiro Centre for Practical EthicsにAcademic Visitorとして訪問・滞在し、本研究課題の遂行に向けて、集中的に研究を実施した。結果、研究成果をまとめた論文を数本執筆することができ、そのうちの一つは国際誌に掲載された。その論文では、社会の変化をその社会の正・不正といった道徳概念で説明できるという主張を、関連する比較政治学の知見に訴えて擁護するという提案を行った。比較政治学に訴えてメタ倫理学の議論を進めるという提案はこれまでそれほど行われてきておらず、その意味において、本研究成果は当該分野で一定の重要性を持つものと思われる。
一方で、帰国後の9月以降は病気のために計画通りに研究を継続することができなかった。
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