研究課題/領域番号 |
19K12940
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研究機関 | 静岡英和学院大学 |
研究代表者 |
大坪 哲也 静岡英和学院大学, 人間社会学部, 准教授 (50826998)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | デンマーク黄金時代 / デンマークヘーゲル主義 / キルケゴールの初期思想 / J.L.ハイベア / H.L.マーテンセン / A.P.アドラー / F.C.シバーン / P.M.メラー |
研究実績の概要 |
研究実績として、当該プロジェクトの主要目的である博士論文を完成し、2021年3月23日付で京都大学より文学博士号を授与されたことから、このプロジェクトは概ね成功したと評価することが出来る。 当該研究は、黄金時代と謳われた十九世紀デンマークの思想、文化を考察し、特に近代デンマーク哲学とデンマークヘーゲル主義の思想的背景からキルケゴール思想を新たに解釈し直すというものであった。そのためには我が国ではほとんど知られていないデンマークの哲学、文学史、教会史の文献を、現地調査を含めて調査し、膨大な資料を分析する必要があった。その作業は我が国ではほとんど前例のない研究であったこともあり、大変な時間と労力を要したが、博士論文に研究成果を十分に反映させることができた。 研究プロジェクトの核となる「デンマーク黄金時代研究」では、キルケゴールが生きた19世紀デンマークの思想史的背景を明らかにし、デンマークにおけるヘーゲル哲学の受容問題と重要な思想家たちの様々な論争を明らかにすることができた。特にJ.L.ハイベア、H.L.マーテンセン、A.P.アドラーらデンマークヘーゲル主義者の主要哲学文献を照査し、ヘーゲル哲学が、黄金時代の豊かな文化的背景において受容され、独自の発展を遂げたことが明らかにされた。ヘーゲル哲学はハイベアによる弁証法的美学と結びつき、詩的理念の発展段階を叙述するヘーゲル主義美学へと結実した。またヘーゲルの論理学は、ハイベアの『思弁的論理学』に結実した。若きキルケゴールは、美学と論理学の領域においてハイベアのヘーゲル主義に感化され、その影響が処女作『今なお生ける者の手記』から『あれかこれか』にまで及ぶことが明らかにされた。こうしたデンマークヘーゲル主義の研究から、初期のキルケゴールにとってヘーゲル哲学は、批判の対象であったのではなく、思想形成に不可欠なものであると明らかになった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当該プロジェクトは博士論文や学会発表の基盤となる研究計画を進めていたが、デンマーク黄金時代の研究それ自体の進捗状況としては、ほぼ完了したと見ている。具体的には、キルケゴールが影響を受けたデンマークヘーゲル主義の研究について、初期のハイベアの美学理論、王立軍事アカデミーでの「思弁的論理学講義」の研究、また『コペンハーゲン飛行便』でのエーレンスレイヤーとの美学論争などが詳細に研究された。同様に『イロニーの概念』とアドラーの学位論文との関係についても、これまでの研究史を刷新する成果を出すことが出来た。『あれかこれか』の研究についても、ヘーゲルとの関係を明らかにし、この時期にキルケゴールは、美学の問題をハイベアよりもヘーゲルの立場をとったことが、文献解釈によって明らかにすることが出来た。これらの研究成果を博士論文に反映できたことは大きな収穫であった。 コロナ禍の状況で、研究環境は大きく制限されたが、当該プロジェクトの主要目的である博士論文を完成できたため、当初の計画は順調に進んだと言える。残りの課題は完成した博士論文に加筆・修正を加え、出版することである。博士論文とこの研究プロジェクトは、国内の研究動向を見ても、類を見ないものであり、学術的に意義深いものになるため、完全な形で研究成果を反映したものを出版したい。この課題を2022年~23年をめどに果たしたい。また博士論文以外の研究発表については、コロナの影響でほとんど行うことができなかった。また同様に予定していた海外の学会発表も、国内のワクチン接種の遅延から、現実的に渡航することが不可能となった。そのため、海外での研究発表を断念して、研究資料の収集に予算を回すか、科研費の実施計画を一年延長するか、コロナの状況を鑑みて判断したい。研究文献の資料収集、整理、精査については計画通り進んだと言える。研究が進展した文献は今後翻訳し、出版したい。
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今後の研究の推進方策 |
今後の方針として重要な課題が二つある。それは加筆・修正した博士論文の出版と、コロナ禍における学会発表である。 海外の学会発表は、国内の状況から、現在、渡航することは現実的でないため、海外の研究発表を断念するか、科研費の実施計画を一年延長して実施するかをコロナの状況を見て決めなければならない。国内の学会発表については、出版予定の博士論文の加筆部分を中心に、テーマを絞り、実施していきたい。具体的には、キルケゴールがベルリン大学で聴講したシェリングの「啓示の哲学講義」、マールハイネケの「思弁的教義学講義」、カール・ヴェイダーの「論理学講義」の研究ノートの精査、解釈を中心に研究を進めていきたい。デンマークヘーゲル主義の研究については、博士論文で取り上げることが出来なかった、ハイベアによるスクリーブの『初恋』解釈を取り上げ、キルケゴールとハイベアの戯曲の理解を相互に比較できるところまで研究を進めたい。コロナ禍の状況ではあるが、博士論文を完成できたため、今後はできる限り学会発表を中心に進めていきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナの状況で海外渡航が不可能となったため。計画を延長して実施するか、残りを資料収集費に充てるかしたい。
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