研究実績の概要 |
本研究では、説一切有部の教理が有する基礎学としての性格に注目して、インド仏教最後期の論書が伝える有部説について研究を行う。ダシャバラシュリーミトラ(1100-1170年頃)の『有為無為決択』(チベット語訳でのみ現存, D 3897, P 5865)の第二章から第十二章に紹介される有部説を主な対象として、文献学的な手法を用いて、インド仏教最後期の論書が伝える有部説の内容を明らかにする。その際には主に、有部内のいかなる系統の教理がインド仏教の最後期へと伝えられたのか、大乗仏教の影響下で本来の有部の教理からどのような変容を遂げたのかという二つの点を明らかにする。 研究の第二年度である本年度は、色と時間について解説する第五章(D 119a6-120a2, P 17b3-18a3)、身体と寿命について解説する第六章(D 120a2-121b4, P 18a8-20a7)、不現世界の有情について解説する第七章(D 121b4-122b4, P 20a7-21b3)を読解した。また、劫について解説する第八章(D 122b4-140a5, P 21b3-43a6)の一部を読解した。上記の章の読解を進める際には、そこで説かれる教説の構成や内容を明らかにするだけでなく、先行する諸論書との並行句に注意を払い、典拠の同定を試みた。 以上に加えて、第一年度で取り組んだ、蘊処界を解説する第九章(D 140a5-150a1, P 43a6-55a6)の研究成果を論文にまとめて発表した。また、第九章の内容に影響を与え、その起点となっているチャンドラキールティの『中観五蘊論』の全訳を出版した。 同じく第一年度に取り組んだ器世間を解説する第三章と有情世間を解説する第四章に関しては、アバヤーカラグプタの『牟尼意趣荘厳』との教理的な関係の分析を継続した。
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