本年度は12世紀の南フランスで書かれたユダヤ人によるキリスト教論駁書についての論文を完成させた。本論文は中世ユダヤ教世界の宗教論争文学の嚆矢をなすものであり、本研究にとってきわめて重要な主題である。また、この論駁書と密接なつながりを持つ14世紀のスペインにおける宗教論争について、国際学会で報告をした。 中世スペインの宗教的寛容をテーマとする英語での講演に対し、本研究のテーマと関連するかたちでのコメントを述べた。この機会において、中世の哲学的な思想文化と、宗教論争という文化のあいだでの、ユダヤ教と他宗教の関係性についての認識の多様性を知ることができた。 また、今年度は西洋中世のユダヤ教文化から現代のユダヤ教を見るという試みもおこなった。具体的には、現代のアメリカにおけるユダヤ教正統派の思想や、中世から現代にかけての中東におけるユダヤ教の伝統や歴史を調査することにより、現代のユダヤ教を歴史的な視座のもとでとらえることができた。 本研究は中世ユダヤ教文学の多様な文献をもちいて、ユダヤ人とキリスト教徒の関係をとらえることを目的とするものであったが、論争文学だけでなく、聖書解釈や年代記、哲学書や神秘主義的文献、民間伝承など幅広く扱うことができた。加えて、ユダヤ教の祈祷書やキリスト教文学を専門的に扱う研究者たちとの交流により、新たな視点や知見を得ることができた。加えて、中世の宗教文化を現代のユダヤ教と関連づけることにより、中世の伝統がどのように解釈されてきたのかをたどることができた点は、当初予定していたものよりも多くの成果を得られることにつながった。
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