本研究の目的は、西洋思想史における「没利益・無私無欲」の概念および主題の展開を、エマニュエル・レヴィナスの哲学とマルセル・モースの民族学に焦点を合わせて明らかにすることである。本年度は、特に以下の項目に関する研究を実施した。(1)レヴィナスの「経済思想」とマルクスの思想との近接性を、「疎外」の主題に着目することで明らかにした。レヴィナスはマルクスの『経済学・哲学草稿』に直接的に言及することはないが、『実存から実存者へ』や『全体性と無限』での「享受」や「糧」に関する議論には、マルクスが分析したプロレタリアートの疎外の四類型がほぼ並行的に存在している(事物の疎外、自己の疎外、人類の疎外、人間の人間による疎外)。他方で、レヴィナスがこれに死の疎外をあらたに付け加えていることを確認したうえで、レヴィナスが死の疎外からの脱出の方途を「贈与の権能の贈与」としての「繁殖性」の概念のもとに構想していることを明らかにすることで、『全体性と無限』とモースの『贈与論』との構造的・内容的類似の可能性を示した。(2)ルイ・デュモンによる個人主義の概念を参照するとともに、個人と社会の関係を考察する際にモースが用いている「社会的に規定された存在」や「個々の全体」といった概念に着目することで、「ホモ・エコノミクス」に縮減されない人間存在の様態をモースが独自の「個人」概念のもとに構想していることを思想史的に明らかにした。研究期間の全体を通じて、レヴィナス研究への独自の寄与、および、『贈与論』研究の新たな基盤整備の点で、有益な研究成果を達成できたと考えられる。
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